政談 / 比丘尼に成たる女中を別居さする事
比丘尼に成りたる女中に御扶持かた下され、別居さすることあるまじきことなり、女は男にたよりてならでは居ることならぬものなり、女の比丘尼になることをもてよはきものなれば、只當座の義理にからめられ出家するとも、後には後悔するたぐひ甚た多し、古も宦人を嫁すると云ふこと仁政の一つにしてある事なり、人々所を得るやうにするを仁政とする故なり、大かたは法躰を御免なされす、相應に緣付たること然るへきなり、年寄たる女中ならは京都へ御かへし、兎角其親類に御預け之あるへきなり、女の別居するより惡事は生する也、
新字:比丘尼に成りたる女中に御扶持かた下され、別居さすることあるまじきことなり、女は男にたよりてならでは居ることならぬものなり、女の比丘尼になることをもてよはきものなれば、只当座の義理にからめられ出家するとも、後には後悔するたぐひ甚た多し、古も宦人を嫁すると云ふこと仁政の一つにしてある事なり、人々所を得るやうにするを仁政とする故なり、大かたは法体を御免なされす、相応に縁付たること然るへきなり、年寄たる女中ならは京都へ御かへし、兎角其親類に御預け之あるへきなり、女の別居するより悪事は生する也、
書き下し
比丘尼に成りたる女中に御扶持かた下され、別居さすることあるまじきことなり、女は男にたよりてならでは居ることならぬものなり、女の比丘尼になることをもてよはきものなれば、只当座の義理にからめられ出家するとも、後には後悔するたぐひ甚た多し、古も宦人を嫁すると云ふこと仁政の一つにしてある事なり、人々所を得るやうにするを仁政とする故なり、大かたは法体を御免なされす、相応に縁付たること然るへきなり、年寄たる女中ならは京都へ御かへし、兎角其親類に御預け之あるへきなり、女の別居するより悪事は生する也、
現代語訳
比丘尼になった女中に御扶持を下され、別居させることはあってはならない。女は男に頼らなければ暮らせないものである。女が比丘尼になるのはもともと弱い者であるから、ただその場の義理に絡められて出家しても、後には後悔する例がはなはだ多い。古も宮仕えの女を嫁がせるということが仁政の一つとしてあった。人々がそれぞれ所を得るようにするのを仁政とするからである。たいていは出家をお許しにならず、相応に縁付けるのがよいだろう。年を取った女中であれば京都へ帰し、ともかくその親類に預けるべきである。女が別居することから悪事は生じるのである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』女中の跡目の事女中のあとめ立てらるゝこと謂れなきことなり、是も婿養子と云ふことあるより混して出来たるなり、されとも母あることを知りて父あることを知らぬは禽獣にて、田舎にて百姓の家に生れたる父なし子を「かまふたい」と云ひて殊の外賤しむることにするなるに、斯の如く耻辱するわざをして御旗本に列するやうやあれへき、慈母と云ひて子なき女を母分にすることはあることなり、右の女中の親類続きある人を、御旗本にて固より禄ある人の内にてさかして其人を母分にして、法事等は其の家にて執行はせ然るへきこと也、其の女の苗字を名のらせてあとめと号することあるましきこと也、
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『政談』鰥寡孤獨の事鰥寡孤独のものには御扶持を下さるべきこと也、是は畢竟年七十に余りたるものゝ誰も養ふ人なきを云ふなり、田舎などにては二三百石の村にも一両人ならでは之なきことなり、江戸は旅ものゝ心の儘に集まることに成たれば、箇様の人多かるべし、一巻目に云ひたる如く悉く人返しをして余る人を江戸の人と定めて、其内にて下されは多くもあるまじ、一人に米一俵づゝに下さるは、これをかためには、大なることなるべし、九十百に余る人には一年に一度ほど東照宮生忌の御日などに餅を一重も下さるべし、是人養老の礼に叶ふべし、道心者と云ものは畢竟鰥寡孤独なり、都も田舎も下にては相応に鉢をも入るゝ、其の心根を問へは強ちに仏法を信する計りにあらず、鰥寡孤独を憫れむ心にてとらするなり、下々は斯の如くなるに、上にて其の沙汰なきは如何なることぞや、御代々の御忌日などに增上寺の裏門、東叡山の裡門にて公儀の御役人参り、一人に一舛つゝなりとも、鉢に御入あるべきことなり、文王の政は鰥寡孤独を先とすと云ひ、文王は能く先を養ふと云へり、是等は上の御祈祷に之に過きたることは有まじ、御役人の文盲さに斯の如きことは取興さす、一度に子三人生たるものに米銭を下さるゝと云やうなる、衰世の埓もなき古実を取行ふは詮もなきことなり、
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『政談』妾を隱し物とする事妾と云ふものはなくて叶はさる者なり、当時は妾をは隠し者のやうにすること習はしの悪しきなり、古は天子諸侯ともに一娶る女とて姪娣八人付き来る、皆な妾なり、何れも其の后の親類にて、而かも家来の娘なり、卿大夫のことは見えす、古は世官にてなけれは其の法なきなるへし、されとも子なけれは妾を置くことは通法なり、今の世は表向き一妻一妾と高下共に立て置き候故、妾は隠し者になりて却て色々の悪事生するなり、
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『政談』婚姻に金を取る事婚姻に金を取ること当時の風俗なり、是によりて娘多く持ちたるものは身上悪しくなる、金を望む故相手あり難く、男女ともに年経るまて独身にて子孫の乏しき類も多し、又不相応なる人の娘を取親をして妻とするたぐひも多し、独身にて久しく居ては傾城町へありき、金を使ひ悪しき病を受け、又は妾を置き様々の悪事之より出つる、惣して堂上かた又田舎の百姓は大かた二十歳より内にて婚礼する故子孫も多きなり、かた〳〵あしきことなれとも内証のことなれはすへきやうなし、武家を知行所に置きたらは自から此の悪風は止むへし、左なくは当分縁組を掌とる役人を立てゝ、願を用ひす上よりきわめ仰せ有られはこの風止むへし、
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『政談』貴賤共に女の所業の事又宗廟の祭りには天子の后よりして祭りの供物に御世話あることなり、是れ亦夫の家に嫁しては夫の先祖を尊ひ、夫と共に之に事ふるみちを教へ玉ふ、当時は箇様のことは何もなく、女の諸礼しやなとゝ云ふものあれとも、元来文盲に拵へたるもの故、唯〻奢りを教ゆるまでにて箇様の筋はなし、何ほと上に倹約を御用ひ遊はさるゝとも、礼と云ふものを立て玉はさるときは、世上の人皆くだんの諸礼と云ふものを礼なり古実なり貴きことなりと思ひ居る故に、上の倹約を遊はさるゝは唯〻御ものずきなりと思ひ、甚しきともがらは吝き御事なりなと云ふて之を守る人はなきなり、古の聖人も我身に近く行ひて自然と風儀の移るやうにと計りたるにては、下たる人へは参り届さることを知し召されて、礼と云ふものを立て置き玉へること智慮広大甚た深く人情を知り玉へる故也、
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