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政談 / 貴賤共に女の所業の事

又宗廟の祭りには天子の后よりして祭りの供物に御世話あることなり、是れ亦夫の家に嫁しては夫の先祖を尊ひ、夫と共に之に事ふるみちを敎へ玉ふ、當時は箇樣のことは何もなく、女の諸禮しやなとゝ云ふものあれとも、元來文盲に拵へたるもの故、唯〻奢りを敎ゆるまでにて箇樣の筋はなし、何ほと上に儉約を御用ひ遊はさるゝとも、禮と云ふものを立て玉はさるときは、世上の人皆くだんの諸禮と云ふものを禮なり古實なり貴きことなりと思ひ居る故に、上の儉約を遊はさるゝは唯〻御ものずきなりと思ひ、甚しきともがらは吝き御事なりなと云ふて之を守る人はなきなり、古の聖人も我身に近く行ひて自然と風儀の移るやうにと計りたるにては、下たる人へは參り屆さることを知し召されて、禮と云ふものを立て置き玉へること智慮廣大甚た深く人情を知り玉へる故也、

新字:又宗廟の祭りには天子の后よりして祭りの供物に御世話あることなり、是れ亦夫の家に嫁しては夫の先祖を尊ひ、夫と共に之に事ふるみちを教へ玉ふ、当時は箇様のことは何もなく、女の諸礼しやなとゝ云ふものあれとも、元来文盲に拵へたるもの故、唯〻奢りを教ゆるまでにて箇様の筋はなし、何ほと上に倹約を御用ひ遊はさるゝとも、礼と云ふものを立て玉はさるときは、世上の人皆くだんの諸礼と云ふものを礼なり古実なり貴きことなりと思ひ居る故に、上の倹約を遊はさるゝは唯〻御ものずきなりと思ひ、甚しきともがらは吝き御事なりなと云ふて之を守る人はなきなり、古の聖人も我身に近く行ひて自然と風儀の移るやうにと計りたるにては、下たる人へは参り届さることを知し召されて、礼と云ふものを立て置き玉へること智慮広大甚た深く人情を知り玉へる故也、

書き下し

又宗廟の祭りには天子の后よりして祭りの供物に御世話あることなり、是れ亦夫の家に嫁しては夫の先祖を尊ひ、夫と共に之に事ふるみちを教へ玉ふ、当時は箇様のことは何もなく、女の諸礼しやなとゝ云ふものあれとも、元来文盲に拵へたるもの故、唯〻奢りを教ゆるまでにて箇様の筋はなし、何ほと上に倹約を御用ひ遊はさるゝとも、礼と云ふものを立て玉はさるときは、世上の人皆くだんの諸礼と云ふものを礼なり古実なり貴きことなりと思ひ居る故に、上の倹約を遊はさるゝは唯〻御ものずきなりと思ひ、甚しきともがらは吝き御事なりなと云ふて之を守る人はなきなり、古の聖人も我身に近く行ひて自然と風儀の移るやうにと計りたるにては、下たる人へは参り届さることを知し召されて、礼と云ふものを立て置き玉へること智慮広大甚た深く人情を知り玉へる故也、

現代語訳

また宗廟の祭りには、天子の后からして祭りの供物にお世話をされることである。これもまた、夫の家に嫁いだら夫の先祖を尊び、夫とともにこれに仕える道を教えられたのである。今はこのようなことは何もなく、「女の諸礼」などというものはあるけれども、もともと学問のない者が拵えたものなので、ただ奢りを教えるまでで、こうした筋はない。どれほど上が倹約をなさっても、礼というものをお立てにならないときは、世間の人はみな、くだんの諸礼というものを礼であり故実であり貴いことだと思っているので、上が倹約をなさるのはただの御物好きだと思い、甚だしい者は吝嗇なことだなどと言って、これを守る人はいないのである。古の聖人も、わが身に近く行って自然と風儀が移るようにと計らうだけでは、下の人へは届かないことを知っておられて、礼というものを立てておかれたのは、智慮が広大で、はなはだ深く人情を知っておられたからである。

解説

上に立つ者が率先して倹約しても、それが礼という公の基準になっていなければ、人々は「お上の物好き」「けち」と受け取り、真似しない。徂徠はここで、徳による感化だけを頼む朱子学的な考えを退け、聖人は人情を知るがゆえに礼という制度を立てたと説く。徂徠学の核心である「道は先王の作った礼楽制度だ」という主張が、具体的な場面で示されている。リーダーの率先垂範だけでは文化は変わらず、行動基準として明文化して初めて組織に浸透するという、現代の組織運営の要点に通じる。

この章句が説くこと

礼倹約人情制度聖人率先

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