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政談 / 妾を妻とする事

妾を妻とすること宜からさることなり、吾氣に入たらは家來にあがめさすことは非法ながらもさも有へし、親類傍輩にも奧樣と云せあがめさすること以ての外の慮外也、如何なるあつかましきことなるや、されども世の風俗となりたれはあるへきことのやうに人々覺え居る、是れ皆禮法と云ふことはなくて唯〻あたりを見合せ、人のすることなれは何事にても苦しからすと覺ゆる世の風俗なる故なり、妾を妻とするよりして踊子ていのものをも遠慮無く妻とし、是より家の風惡くなり、武義を取り失ひ子の育てやうも惡く樣々の惡事生す、第一妻は夫の身上同格なる人の娘にて、婚禮を整へ來たる者なれは諸式も取整へてあり、妾は召使にて何も持たぬものを俄かに妻にする故、妻の儀式を整へんとて色々のものを新に拵らゆるによりて夫の身上の害になる、大身小身斯の如し、又其妾の親類下賤なるを取り立て大身にし國政を亂るも多き也、妾を妻とするは大方は其女の我に從はぬを、本妻とせんと兼てより約束した我に從はするたぐひ多し、是れ妾を妻とする事はならぬことゝ云ふ法を立てゝなき故に箇樣の約束もするなり、何に付きても禮法と云ふこと無きは悲しきこと也、

新字:妾を妻とすること宜からさることなり、吾気に入たらは家来にあがめさすことは非法ながらもさも有へし、親類傍輩にも奥様と云せあがめさすること以ての外の慮外也、如何なるあつかましきことなるや、されども世の風俗となりたれはあるへきことのやうに人々覚え居る、是れ皆礼法と云ふことはなくて唯〻あたりを見合せ、人のすることなれは何事にても苦しからすと覚ゆる世の風俗なる故なり、妾を妻とするよりして踊子ていのものをも遠慮無く妻とし、是より家の風悪くなり、武義を取り失ひ子の育てやうも悪く様々の悪事生す、第一妻は夫の身上同格なる人の娘にて、婚礼を整へ来たる者なれは諸式も取整へてあり、妾は召使にて何も持たぬものを俄かに妻にする故、妻の儀式を整へんとて色々のものを新に拵らゆるによりて夫の身上の害になる、大身小身斯の如し、又其妾の親類下賤なるを取り立て大身にし国政を乱るも多き也、妾を妻とするは大方は其女の我に従はぬを、本妻とせんと兼てより約束した我に従はするたぐひ多し、是れ妾を妻とする事はならぬことゝ云ふ法を立てゝなき故に箇様の約束もするなり、何に付きても礼法と云ふこと無きは悲しきこと也、

書き下し

妾を妻とすること宜からさることなり、吾気に入たらは家来にあがめさすことは非法ながらもさも有へし、親類傍輩にも奥様と云せあがめさすること以ての外の慮外也、如何なるあつかましきことなるや、されども世の風俗となりたれはあるへきことのやうに人々覚え居る、是れ皆礼法と云ふことはなくて唯〻あたりを見合せ、人のすることなれは何事にても苦しからすと覚ゆる世の風俗なる故なり、妾を妻とするよりして踊子ていのものをも遠慮無く妻とし、是より家の風悪くなり、武義を取り失ひ子の育てやうも悪く様々の悪事生す、第一妻は夫の身上同格なる人の娘にて、婚礼を整へ来たる者なれは諸式も取整へてあり、妾は召使にて何も持たぬものを俄かに妻にする故、妻の儀式を整へんとて色々のものを新に拵らゆるによりて夫の身上の害になる、大身小身斯の如し、又其妾の親類下賤なるを取り立て大身にし国政を乱るも多き也、妾を妻とするは大方は其女の我に従はぬを、本妻とせんと兼てより約束した我に従はするたぐひ多し、是れ妾を妻とする事はならぬことゝ云ふ法を立てゝなき故に箇様の約束もするなり、何に付きても礼法と云ふこと無きは悲しきこと也、

現代語訳

妾を妻とするのはよくないことである。自分が気に入ったのなら、家来に敬わせることは非法ながらもありうることだろう。親類や朋輩にも「奥様」と言わせて敬わせるのは、もってのほかの無礼である。なんと厚かましいことか。それでも世の風俗となったので、あってよいことのように人々は思っている。これはみな、礼法ということがなく、ただ周りを見合わせて、人がすることなら何事でも構わないと思う世の風俗だからである。妾を妻とすることから、踊り子程度の者をも遠慮なく妻とし、これから家の風が悪くなり、武の心得を失い、子の育て方も悪く、さまざまな悪事が生じる。第一、妻は夫と身上が同格の人の娘で、婚礼を整えて来た者であるから、諸式も整っている。妾は召使で何も持たない者を、にわかに妻にするので、妻としての儀式を整えようと色々なものを新しく拵えるため、夫の身上の害になる。大身も小身もこのようである。またその妾の身分の低い親類を取り立てて大身にし、国政を乱すことも多い。妾を妻とするのは、たいていはその女が自分に従わないのを、本妻にしようとかねて約束して従わせる類が多い。これは妾を妻とすることはならないという法が立っていないから、このような約束もするのである。何事につけても礼法ということがないのは悲しいことである。

解説

妾を正妻に直す風習を、徂徠は家の風儀・財政・国政の三面から批判する。とりわけ、人々が礼法を持たず「人がしているから構わない」と周りに合わせることを問題の根に置く。妾の親類が取り立てられて国政を乱すという指摘は、歴史上の外戚の弊害と重なる。法がないから約束が取引材料になるという分析も鋭い。当時の身分観は時代の制約だが、明確な基準がない組織では周囲への同調が判断を支配し、縁故人事が統治を歪めるという点は、現代にもそのまま通じる。

この章句が説くこと

礼法同調縁故妾制度家風

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