政談 / 妾を御部屋と號する事
子を持ちたる妾を御部屋と名付けて朋輩諸親類へも取りかはしをさせ、家來には樣付けにさせて、其の妾の召使の女房より諸事の格式まて本妻に左まて違はぬやうにすること宜しからさることなり、此上六十年以前まては箇樣には無りしを、御先々前御代の頃より始まりて今は世の通法のやうになりたり、有しよくのともから禁裡に御息所と云ふは宮栖所と云ふことにて、皇子誕生なれはその母御息所となると云ふことを云ひて、時世に諂ひなきことを作ること以ての外のことなり、
新字:子を持ちたる妾を御部屋と名付けて朋輩諸親類へも取りかはしをさせ、家来には様付けにさせて、其の妾の召使の女房より諸事の格式まて本妻に左まて違はぬやうにすること宜しからさることなり、此上六十年以前まては箇様には無りしを、御先々前御代の頃より始まりて今は世の通法のやうになりたり、有しよくのともから禁裡に御息所と云ふは宮栖所と云ふことにて、皇子誕生なれはその母御息所となると云ふことを云ひて、時世に諂ひなきことを作ること以ての外のことなり、
書き下し
子を持ちたる妾を御部屋と名付けて朋輩諸親類へも取りかはしをさせ、家来には様付けにさせて、其の妾の召使の女房より諸事の格式まて本妻に左まて違はぬやうにすること宜しからさることなり、此上六十年以前まては箇様には無りしを、御先々前御代の頃より始まりて今は世の通法のやうになりたり、有しよくのともから禁裡に御息所と云ふは宮栖所と云ふことにて、皇子誕生なれはその母御息所となると云ふことを云ひて、時世に諂ひなきことを作ること以ての外のことなり、
現代語訳
子を持った妾を「御部屋」と名付けて、朋輩や親類とも挨拶を交わさせ、家来には「様」付けで呼ばせ、その妾の召使の女房から諸事の格式まで、本妻とさほど違わないようにするのはよくないことである。これはわずか六十年ほど前まではこのようではなかったのに、先々前の御代のころから始まって、今では世の通例のようになった。有職故実の者たちが、禁裏で「御息所」と言うのは「宮栖所」ということで、皇子が誕生すればその母が御息所になるのだと言って、時世に諂ってありもしないことを作るのはもってのほかである。
解説
この章句が説くこと
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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