政談 / 大名の潰れたる其の家來を鄕士にすへき事
是に依りて聟養子にて跡を立つること世の穩かなる筋に叫ふへけれとも、されとも天道より亡ほし玉へる家を人作にて相續すること是れ冥慮に恐あることなり、外樣大名は其初め家來の力にて一國一郡を切從かへ、其力にて今に至るまて國郡の主となる、御譜代のものも其初め家來の力にて御奉公を申し上け國郡をも賜はりたり、是れ其主人は己の力のみにあらす、全く家來の功なり、然れは御譜代外樣の大名も全く上へ對し天下鄕さむらいの料になるべし、五十石不足と思ひ他所へ立去る人は心次第なるへし、唯々諸士の流流を不憫に思召れて斯の如く爲し玉ふこと莫大の御仁德なるへし、然れは大名の家潰るゝとも流浪するものも少なく、國の治めにも宜しかるへし、
新字:是に依りて婿養子にて跡を立つること世の穏かなる筋に叫ふへけれとも、されとも天道より亡ほし玉へる家を人作にて相続すること是れ冥慮に恐あることなり、外様大名は其初め家来の力にて一国一郡を切従かへ、其力にて今に至るまて国郡の主となる、御譜代のものも其初め家来の力にて御奉公を申し上け国郡をも賜はりたり、是れ其主人は己の力のみにあらす、全く家来の功なり、然れは御譜代外様の大名も全く上へ対し天下郷さむらいの料になるべし、五十石不足と思ひ他所へ立去る人は心次第なるへし、唯々諸士の流流を不憫に思召れて斯の如く為し玉ふこと莫大の御仁徳なるへし、然れは大名の家潰るゝとも流浪するものも少なく、国の治めにも宜しかるへし、
書き下し
是に依りて婿養子にて跡を立つること世の穏かなる筋に叫ふへけれとも、されとも天道より亡ほし玉へる家を人作にて相続すること是れ冥慮に恐あることなり、外様大名は其初め家来の力にて一国一郡を切従かへ、其力にて今に至るまて国郡の主となる、御譜代のものも其初め家来の力にて御奉公を申し上け国郡をも賜はりたり、是れ其主人は己の力のみにあらす、全く家来の功なり、然れは御譜代外様の大名も全く上へ対し天下郷さむらいの料になるべし、五十石不足と思ひ他所へ立去る人は心次第なるへし、唯々諸士の流流を不憫に思召れて斯の如く為し玉ふこと莫大の御仁徳なるへし、然れは大名の家潰るゝとも流浪するものも少なく、国の治めにも宜しかるへし、
現代語訳
これによって、婿養子で跡を立てることは、世を穏やかにする筋にはかなうだろうけれども、天道が滅ぼされた家を人の作為で相続させることは、天の思し召しに対して恐れ多いことである。外様大名はその初め家来の力で一国一郡を切り従え、その力で今に至るまで国郡の主となっている。御譜代の者も、その初めは家来の力で御奉公を申し上げ、国郡をも賜ったのである。これはその主人が己の力だけで得たものではなく、まったく家来の功である。そうであれば、御譜代・外様の大名も、まったく上に対し(家が潰れたときは、その家来を)天下の郷侍とする禄に充てるべきである。五十石では足りないと思って他所へ立ち去る人は、その人の心次第でよい。ただ諸士の流浪を不憫に思し召してこのようになさることは、莫大な御仁徳であろう。そうすれば大名の家が潰れても流浪する者も少なく、国の治めにもよいだろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之一一天につかへておこたらずとは、人となる者、只朝夕天道の眼前にありて遠からざることを思ひ、つねに天道を畏れ敬ひてあなどらず、かりにも天道をそむき無道のことをなすべからず。天道にしたがひてそむかず、わが身をへりくだりて、人をあなどりほこらず、欲をこらへてほしいままにせず、天地の生みていつくしみ給ふ人倫をあつくあはれみて、あなどらずそこなはず。天地の、人のためにつくり出し給ふ五穀と万のたからを、わが一人の欲のためにみだりにつひやさず。次に、鳥獣虫魚の生ける物をみだりにころさず、草木をも時ならずしてみだりに伐らず。是皆天地のうみ出しやしなひて、いつくしみ給ふ物なれば、これをあはれみ養ふは、天地の御心に従ひて背かざるわざなり。
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『翁問答』上卷之末師の曰、よき不審にて候、それは易学をよくきはめざれば、合点ゆきかぬる所にて候へども大かたをかたり候はん、夫賢人君子鳳凰麒麟などを善とさだめ、愚痴不肖鳶狐狸などを悪とさだめ、善悪の二字にてさたし、それをそのまゝ天道におしあてがふによつて一しほうたがひまし候、先根本をよく考へ見て、さて枝葉をよく吟味したるがよく候、天道を根本として生れ出たる万物なれば、天道は人物の大父母にして根本なり、人物は天道の子孫にして枝葉なり根本の天道純粋至善なれば、その枝葉の人物もみな善にして悪なしと得心すべし、瓜づるに茄子はならぬといへるが如し、
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『呻吟語』内篇・問學・胸中獨り得たる中正の道理學問の大要は、須らく天道・人情・物理・世故を把りて識得すること透徹し、卻って胸中獨り得たる中正底の道理を以て之を消息すべし。
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『慎思録』巻之四陽過ぐれば則ち大旱と為り、陰過ぐれば則ち霪雨と為る。或いは大風洪水、山崩れ川決し、海溢れ地震ひ、疾疫蟲蝗、種種の災害は、皆是れ陰陽闔闢の大過不及なり。是れ天道は無心にして、陰陽に変有る所以なり。天道の至理は、本自ら善にして悪無し。之を善と謂ふ者は生生覆育の謂なり。然れども陰陽の変易は、雑糅して究まり無く、動静常無し。是を以て災害時有りて生ず。是れ天理の正に非ずと雖も、然れども是れも亦た天理の中に無きこと能はざる者にして、自然の理なり。故に程子曰く、善悪皆天理なり、と。又曰く、善は固より性なり。然れども悪も亦た之を性と謂はざるべからず、と。深く此の意を得たりと謂ふべし。
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孔子家語・六本孔子斉に在り、外館に舎る。景公造く。賓主の辞既に接するや、左右白して曰わく、「周の使い適に至り、先王の廟災すと言う。」景公覆た災は何れの王の廟なるかを問う。孔子曰わく、「此れ必ず厘王の廟ならん。」公曰わく、「何を以て之れを知るや。」孔子曰わく、「詩に云う、『皇皇たる上天、其の命忒わず。天の善を以てするや、必ず其の徳に報ゆ。』禍も亦た之れの如し。夫れ厘王は文武の制を変じ、玄黄華麗の飾りを作り、宮室崇峻に、輿馬奢侈にして、振るう可からず。故に天殃宜しく其の廟に加うべし、是を以て之れを占なうに然りと為す。」公曰わく、「天何ぞ其の身を殃せずして、其の廟に罰を加うるや。」孔子曰わく、「蓋し文武を以ての故なり。若し其の身を殃せば、則ち文武の嗣、乃ち殄びんとするに無からんや。故に当に其の廟を殃すべく、以て其の過ちを彰らかにす。」俄頃にして、左右報じて曰わく、「災する所は、厘王の廟なり。」景公驚き起ちて、再拝して曰わく、「善いかな、聖人の智、人に過ぐること遠し。」
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『初学訓』巻之三一天道は、人の善に福し、悪に禍し給ふ。是人のしわざの善悪によりて、天より、福と禍とを報い給へる理なり。是は、天道の常理なり、疑ふべからず。又人の生質によりて、富貴、貧賤、禍福、寿夭あり。或は、時によりて不意に吉凶あり。皆是、陰陽の変化にして、人の生れつきにより、気を禀くること厚薄あり。厚き気をうけたる人は富貴にして福あり。薄き気をうけたる人は、貧賤にして禍あり。又、長き気をうけたるは寿く、短き気をうけたるは夭し。天の陰陽の気をうけて如斯なれば、すべて天命といふ。
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