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政談 / 惣して願と云ふ事

後に聞けは此の平兵衛人のものを伺ふに、我か了簡を云ひ如何せんときわめて伺へは差圖をもしたり、手前の了簡を云はす只如何すへきと默して伺ふ人をは御用に立つましき人なりとて殊の外に氣に入らすとなん、是も御奉公を身に踏み込むことを人々にさすへきために平兵衛斯の如く取扱ひたるなるへし、是は寛文延寶の頃の事なり、此の頃まては箇樣の人も世間に有り、されとも其時分より早世間の風とは餘ほと違ひて、くだんの平兵衛をは人々阿蘭陀人と異名を付けたるなり、今の世は下たる人の何の了簡もなく上の差圖を請へるを、頭も役人も好む故伺にも差別有ることを知らぬ也、

新字:後に聞けは此の平兵衛人のものを伺ふに、我か了簡を云ひ如何せんときわめて伺へは差図をもしたり、手前の了簡を云はす只如何すへきと黙して伺ふ人をは御用に立つましき人なりとて殊の外に気に入らすとなん、是も御奉公を身に踏み込むことを人々にさすへきために平兵衛斯の如く取扱ひたるなるへし、是は寛文延宝の頃の事なり、此の頃まては箇様の人も世間に有り、されとも其時分より早世間の風とは余ほと違ひて、くだんの平兵衛をは人々阿蘭陀人と異名を付けたるなり、今の世は下たる人の何の了簡もなく上の差図を請へるを、頭も役人も好む故伺にも差別有ることを知らぬ也、

書き下し

後に聞けは此の平兵衛人のものを伺ふに、我か了簡を云ひ如何せんときわめて伺へは差図をもしたり、手前の了簡を云はす只如何すへきと黙して伺ふ人をは御用に立つましき人なりとて殊の外に気に入らすとなん、是も御奉公を身に踏み込むことを人々にさすへきために平兵衛斯の如く取扱ひたるなるへし、是は寛文延宝の頃の事なり、此の頃まては箇様の人も世間に有り、されとも其時分より早世間の風とは余ほと違ひて、くだんの平兵衛をは人々阿蘭陀人と異名を付けたるなり、今の世は下たる人の何の了簡もなく上の差図を請へるを、頭も役人も好む故伺にも差別有ることを知らぬ也、

現代語訳

後に聞くと、この平兵衛は、人が物を伺うとき、自分の了簡を言って、どうしたらよいかと詰めて伺えば指図もした。自分の了簡を言わず、ただどうすべきかと黙って伺う人を、御用に立たない人だとして、ことのほか気に入らなかったという。これも、奉公を身に踏み込んですることを人々にさせるために、平兵衛はこのように取り扱ったのであろう。これは寛文・延宝のころのことである。このころまでは、このような人も世間にいた。けれども、そのころからもう世間の風とはよほど違っていて、例の平兵衛を人々は阿蘭陀人とあだ名を付けたのである。今の世は、下の者が何の了簡もなく上の指図を受けるのを、頭も役人も好むので、伺いにも区別があることを知らないのである。

解説

柘植平兵衛は、自分の考えを述べて詰めて問う者には指図し、黙ってどうすべきかと聞く者は役に立たぬと嫌ったという。徂徠はそれを、奉公に身を踏み込ませるための意図的な扱いと見る。寛文・延宝のころにはまだそういう人がいたが、すでに世間とずれていて阿蘭陀人と異名を取った。今は下が考えなしに指図を仰ぐのを上も好む、と結ぶ。考えない部下を生むのは、それを喜ぶ上司である。主体性を育てたいなら、まず上の側の好みを変えねばならない。

この章句が説くこと

伺い主体性育成了簡上司政談

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