葉隠 / 聞書第一
決定覺悟薄き時は、人に轉ぜらる〳〵事有り。又集會話の時分、氣ぬけて居る故に、我が覺悟ならぬ事を、人の申懸話などするに、うかと移りて、それと同意に心得、挨拶も「いかにも」と云ふ事有り。脇より見れば、同意の人の樣に思はる〳〵なり。それに付、人に出會ひて、片時も〳〵氣の脱けぬ樣に有るべき事なり。其の上話し又は物を申しかけられ ならば、其の趣申すべしと思ひて取合ふべし。差立てたる事にてなくても、少しの事に違却出來るものなり。心を附くべし。又豫ていかゞと思ふ人には馴寄らぬがよし。何としても轉ぜられ、引入れらる〳〵ものなり。愛の憾に成る事は、功を積まねばならぬ事なり。
新字:決定覚悟薄き時は、人に転ぜらる〳〵事有り。又集会話の時分、気ぬけて居る故に、我が覚悟ならぬ事を、人の申懸話などするに、うかと移りて、それと同意に心得、挨拶も「いかにも」と云ふ事有り。脇より見れば、同意の人の様に思はる〳〵なり。それに付、人に出会ひて、片時も〳〵気の脱けぬ様に有るべき事なり。其の上話し又は物を申しかけられ ならば、其の趣申すべしと思ひて取合ふべし。差立てたる事にてなくても、少しの事に違却出来るものなり。心を附くべし。又予ていかゞと思ふ人には馴寄らぬがよし。何としても転ぜられ、引入れらる〳〵ものなり。愛の憾に成る事は、功を積まねばならぬ事なり。
書き下し
決定(けつじょう)覚悟薄き時は、人に転(てん)ぜらるる事有り。又集会話(しゅうえばなし)の時分、気ぬけて居る故に、我が覚悟ならぬ事を、人の申し懸け話などするに、うかと移りて、それと同意に心得、挨拶も「いかにも」と云う事有り。脇より見れば、同意の人の様に思わるるなり。それに付、人に出会いて、片時(かたとき)も片時も気の脱けぬ様に有るべき事なり。その上、話し又は物を申し掛けられならば、その趣(おもむき)申すべしと思いて取り合うべし。差し立てたる事にてなくても、少しの事に違却(いきゃく)出來(いでく)るものなり。心を付くべし。又予(かね)ていかがと思う人には馴れ寄らぬがよし。何としても転ぜられ、引き入れらるるものなり。愛(あい)の憾(うら)みに成る事は、功を積まねばならぬ事なり。
現代語訳
腹の据わった覚悟が薄いときは、人に心を動かされ、流されてしまうことがある。また寄り合いの雑談のとき、気が抜けているために、自分の本心とは違うことを人が話しかけてくると、うっかりそれに引きずられ、同じ意見のように思い込んで、相づちにも「いかにも」と言ってしまうことがある。傍から見れば、同意した人のように受け取られてしまう。だから、人と会うときは片時も気を抜かずにいるべきである。その上で、話しかけられたり何か問われたりしたら、その趣旨をしっかり述べようと思って応対すべきだ。大した事でなくても、ちょっとしたことで食い違いが生じるものである。気をつけるべきだ。また、かねてより不安に思う相手には馴れ近づかないほうがよい。どうしても心を動かされ、引き込まれてしまうものだから。(人と親しく交わりつつも流されない)そうした境地に至るには、修養を積まねばならないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第二ある時人に逢(お)うて、「御家(おいえ)などの崩るると云う事は末代までこれなく候。仔細(しさい)は、生々世々(しょうじょうせぜ)、御家中(ごかちゅう)に生れ出で、御家は我一人して抱留(かかえと)め申す。」と申し候えば、「大胆なる事を申す。」と笑い申され候。(二十四五の時の事なり。)卓本(たくほん)和尚に一喝申され候。「御国に変りたる者出来(しゅったい)申し候。昔恥かしからぬ。」と話し仕られ候と、承(うけたまわ)り申し候。出家物語なり。
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論語・衛霊公篇子曰く、「如之何、如之何と曰わざる者は、吾之を如何ともする末(な)きのみ。」
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論語・述而篇子曰わく、束脩以上を行う者に於いては、吾いまだ誨うること無からざるなり。
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孟子・告子章句上公都子問うて曰く、「鈞しく是れ人なり。或いは大人と為り、或いは小人と為るは、何ぞや。」孟子曰く、「其の大體に從えば大人と為り、其の小體に從えば小人と為る。」曰く、「鈞しく是れ人なり。或いは其の大體に從い、或いは其の小體に從うは、何ぞや。曰く、「耳目の官は思わずして、物に蔽わる。物、物に交われば、則ち之を引くのみ。心の官は則ち思う。思えば則ち之を得るも、思わざれば則ち得ざるなり。此れ天の我に與うる所の者、先づ其の大なる者を立つれば、則ち其の小なる者奪うこと能わざるなり。此れ大人為るのみ。」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「文王を待ちて而る後に興る者は、凡民なり。夫の豪傑の士の若きは、文王無しと雖も猶ほ興る。」
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説苑・政理孔子の弟子に孔蔑という者有り、宓子賤と皆仕う。孔子往きて孔蔑に過り、之に問いて曰く、「子の仕えてより、何をか得たり、何をか亡えるや。」孔蔑曰く、「吾仕えてより未だ得る所有らず、而して亡う所の者三つ有り。曰く、王事襲なる若く、学焉んぞ習うことを得ん、是を以て学明らかなるを得ざるなり、亡う所の一なり。奉禄少しく鬻げ、鬻げども親戚に及ぶに足らず、親戚益疏んず、亡う所の二なり。公事急なること多く、死を弔い病を視るを得ず、是を以て朋友益疏んず、亡う所の三なり。」孔子説ばず、復た往きて子賤に見えて曰く、「子の仕えてより、何をか得たり、何をか亡えるや。」子賤曰く、「吾之仕えてより、未だ亡う所有らずして得る所の者三つあり。始め誦みし文、今履みて之を行う、是れ学日に益々明らかなり、得る所の一なり。奉禄少しく鬻ぐと雖も、鬻げども親戚に及ぶを得たり、是を以て親戚益々親しむ、得る所の二なり。公事急なりと雖も、夜勤め、死を弔い病を視る、是を以て朋友益々親しむ、得る所の三なり。」孔子子賤に謂いて曰く、「君子なるかな若きの人、君子なるかな若きの人。魯に君子無くば、斯れ焉んぞ斯を取らん。」