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政談 / 誓詞の事

駕籠の誓詞は先つ第一奉公人の年多くは實の年にあらさる故最初より誓詞を破るなり、駕籠は其頭其主人より斷はりならは誓詞なくて苦しからさることなり、奉公人の虛病を搆ふることも詮方なきことなり、虛病に樣々の仔細あり、勝手はたとならさる故、虛病を搆ふること當時多きなり、さらば殊の外に不足なる人を親類寄り合ひて、病氣に申し立つるもあり、さては殊の外にこへせまりて勤め成りかたき故病氣也と云ふもあり、さてはむら氣なることあるを騷氣と云ひ立つれは、身上立たさる故病氣と申し立てさするもあり、さてはしゆつくはいの筋にて虛病を搆ふるもあり、さては强ちにしゆつくはいにてはなけれとも、時節を考へて引こむものもあり、又は頭と不和成る故引こむへきために病氣と云ふもあり、又は耻辱をかきたることありて面白くなくて引こむもあり、

新字:駕籠の誓詞は先つ第一奉公人の年多くは実の年にあらさる故最初より誓詞を破るなり、駕籠は其頭其主人より断はりならは誓詞なくて苦しからさることなり、奉公人の虚病を搆ふることも詮方なきことなり、虚病に様々の仔細あり、勝手はたとならさる故、虚病を搆ふること当時多きなり、さらば殊の外に不足なる人を親類寄り合ひて、病気に申し立つるもあり、さては殊の外にこへせまりて勤め成りかたき故病気也と云ふもあり、さてはむら気なることあるを騷気と云ひ立つれは、身上立たさる故病気と申し立てさするもあり、さてはしゆつくはいの筋にて虚病を搆ふるもあり、さては強ちにしゆつくはいにてはなけれとも、時節を考へて引こむものもあり、又は頭と不和成る故引こむへきために病気と云ふもあり、又は耻辱をかきたることありて面白くなくて引こむもあり、

書き下し

駕籠の誓詞は先つ第一奉公人の年多くは実の年にあらさる故最初より誓詞を破るなり、駕籠は其頭其主人より断はりならは誓詞なくて苦しからさることなり、奉公人の虚病を搆ふることも詮方なきことなり、虚病に様々の仔細あり、勝手はたとならさる故、虚病を搆ふること当時多きなり、さらば殊の外に不足なる人を親類寄り合ひて、病気に申し立つるもあり、さては殊の外にこへせまりて勤め成りかたき故病気也と云ふもあり、さてはむら気なることあるを騷気と云ひ立つれは、身上立たさる故病気と申し立てさするもあり、さてはしゆつくはいの筋にて虚病を搆ふるもあり、さては強ちにしゆつくはいにてはなけれとも、時節を考へて引こむものもあり、又は頭と不和成る故引こむへきために病気と云ふもあり、又は耻辱をかきたることありて面白くなくて引こむもあり、

現代語訳

駕籠の誓詞は、まず第一に、奉公人の年は多くが本当の年ではないので、最初から誓詞を破っているのである。駕籠のことは、その頭やその主人からの断りであれば、誓詞がなくても差し支えない。奉公人が仮病を構えることも、しかたのないことである。仮病にはさまざまな事情がある。暮らし向きがまったく成り立たないので、仮病を構えることが今は多い。また、ことのほか能力の足りない人を、親類が寄り合って病気と申し立てることもある。また、ことのほか太りすぎて勤めが務まらないので病気だと言う者もある。また、気まぐれなところがあるのを騒気(乱心)と言い立てられれば身上が立たないので、病気と申し立てさせる者もある。また、不平の筋で仮病を構える者もある。また、強いて不平というわけではないが、時節を考えて引きこもる者もある。また、頭と不和であるので引きこもるために病気と言う者もある。また、恥辱を受けたことがあって面白くなく引きこもる者もある。

解説

病気の届けに誓詞を求めても、仮病はなくならないと徂徠は言う。奉公人の年齢がそもそも偽りなのだから、誓詞は最初から破られている。そして仮病の事情を、生計の困窮、能力不足を親類がかばう場合、肥満、気まぐれ、不平、時勢を見ての引退、上司との不和、恥辱と、八つほどに分けて並べる。一律に誓わせて縛るより、事情ごとに手当てを考えよという前置きである。休職や欠勤の背後にある事情を類型で捉える視点は、現代の人事にもそのまま役立つ。

この章句が説くこと

仮病人事事情誓詞奉公政談

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