導師導古典を学びたいすべての人に

政談 / 諸役人閑暇にして政務に工夫を用ひ身を踏込むべき事

惣して役人は隙になくて叶はざることなり、殊に上に立つ大役の人ほど隙なくては成るまじきことなり、御老中若老中などは御政務の全躰へ亘る大役なれば、世界の全躰を忘れては役儀に拔けたる所生すべし、閑暇にして工夫をもし、又折り〳〵は、學問をもすべきことなり、當時は大役ほど毎日登城して閑暇無きを自慢にし、御用濟みても退出をもせず、相役多きは毎日出仕せずとも替り〳〵出仕しても御用はたるべきを、何れも鼻を揃へて出仕し、御用なくても御用あり顏に仕なすこと代の風俗なり、皆是面々の職分にはまらぬ故御用を辨ずるやうにし、御奉公の眞實さへあらば、他見の詮議入らざる物なり、斯の如き風俗なる故御老中などさへ詮もなき有司のすることを、自身世話やきて御用多けにしなすことあるまじきこと也、箇樣なることを古の書には大躰を知らすと云ひて大に誹りたることなり、

新字:惣して役人は隙になくて叶はざることなり、殊に上に立つ大役の人ほど隙なくては成るまじきことなり、御老中若老中などは御政務の全体へ亘る大役なれば、世界の全体を忘れては役儀に抜けたる所生すべし、閑暇にして工夫をもし、又折り〳〵は、学問をもすべきことなり、当時は大役ほど毎日登城して閑暇無きを自慢にし、御用済みても退出をもせず、相役多きは毎日出仕せずとも替り〳〵出仕しても御用はたるべきを、何れも鼻を揃へて出仕し、御用なくても御用あり顔に仕なすこと代の風俗なり、皆是面々の職分にはまらぬ故御用を弁ずるやうにし、御奉公の真実さへあらば、他見の詮議入らざる物なり、斯の如き風俗なる故御老中などさへ詮もなき有司のすることを、自身世話やきて御用多けにしなすことあるまじきこと也、箇様なることを古の書には大体を知らすと云ひて大に誹りたることなり、

書き下し

惣して役人は隙になくて叶はざることなり、殊に上に立つ大役の人ほど隙なくては成るまじきことなり、御老中若老中などは御政務の全体へ亘る大役なれば、世界の全体を忘れては役儀に抜けたる所生すべし、閑暇にして工夫をもし、又折り〳〵は、学問をもすべきことなり、当時は大役ほど毎日登城して閑暇無きを自慢にし、御用済みても退出をもせず、相役多きは毎日出仕せずとも替り〳〵出仕しても御用はたるべきを、何れも鼻を揃へて出仕し、御用なくても御用あり顔に仕なすこと代の風俗なり、皆是面々の職分にはまらぬ故御用を弁ずるやうにし、御奉公の真実さへあらば、他見の詮議入らざる物なり、斯の如き風俗なる故御老中などさへ詮もなき有司のすることを、自身世話やきて御用多けにしなすことあるまじきこと也、箇様なることを古の書には大体を知らすと云ひて大に誹りたることなり、

現代語訳

総じて役人には暇がなくてはならない。とりわけ上に立つ大役の人ほど、暇がなくては務まらない。老中や若年寄などは政務の全体にかかわる大役であるから、世の中の全体を忘れてしまえば、職務に抜け落ちが生じるだろう。暇を持って工夫をめぐらし、また折々は学問もするべきである。ところが今は、大役の人ほど毎日登城して暇がないことを自慢にし、用事が済んでも退出せず、同役が多ければ毎日出仕しなくても交代で出れば用は足りるのに、皆が顔をそろえて出仕し、用がなくても用があるような顔をしてみせる。これが当世の風俗である。これは皆、各自が自分の職分に身をはめ込んでいないからである。用を果たすように務め、奉公の真実さえあれば、他人の目を気にする必要はないものだ。このような風俗であるから、老中までもが、つまらない小役人のする仕事を自分で世話を焼いて、用事が多そうに仕立てることがある。あってはならないことである。こうしたことを、古の書では「大体を知らない」と言って大いに非難している。

解説

政談の巻三の締めくくりで、徂徠は役人の多忙ぶりを正面から批判する。老中のように政務全体を担う者は、暇を持って全体を見渡し、工夫し、学ぶ余地がなければ職務に穴が開くという。毎日顔をそろえて登城し、用がなくても忙しそうにするのは、職分に身を入れていない証拠だと断じる。上に立つ者が細事を抱え込むのを「大体を知らない」と退ける点に、徂徠の政治観が出ている。予定を埋め尽くす管理職ほど、全体を考える時間を失っているのではないかと、今の組織にも問いかけてくる。

この章句が説くこと

閑暇職分大体老中政治工夫

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る