政談 / 目付並に百日目付の事
目付の役に當時欠けたることあり、衣服等諸事の儀に仰せ出され候御制禁の筋あれとも、搆はず之を破るを咎むる人なし、是によりて公儀の御法度は三日法度なりと世上に云ひならはす、有るましきことの第一也、其の向々より仰せ付られたることは向々支配々々の役なるへし、一統に仰せ出さることは目付の役として顯門商家を嫌はす人情なく咎めて、その支配々々へ屹とことはるへきことなり、但し當時は制度なき故下も守るへき形なく、御目付も咎むへきやうなき故に斯の如く成たる事なり、之に付きても制度は立てたきことなり、
新字:目付の役に当時欠けたることあり、衣服等諸事の儀に仰せ出され候御制禁の筋あれとも、搆はず之を破るを咎むる人なし、是によりて公儀の御法度は三日法度なりと世上に云ひならはす、有るましきことの第一也、其の向々より仰せ付られたることは向々支配々々の役なるへし、一統に仰せ出さることは目付の役として顕門商家を嫌はす人情なく咎めて、その支配々々へ屹とことはるへきことなり、但し当時は制度なき故下も守るへき形なく、御目付も咎むへきやうなき故に斯の如く成たる事なり、之に付きても制度は立てたきことなり、
書き下し
目付の役に当時欠けたることあり、衣服等諸事の儀に仰せ出され候御制禁の筋あれとも、搆はず之を破るを咎むる人なし、是によりて公儀の御法度は三日法度なりと世上に云ひならはす、有るましきことの第一也、其の向々より仰せ付られたることは向々支配々々の役なるへし、一統に仰せ出さることは目付の役として顕門商家を嫌はす人情なく咎めて、その支配々々へ屹とことはるへきことなり、但し当時は制度なき故下も守るへき形なく、御目付も咎むへきやうなき故に斯の如く成たる事なり、之に付きても制度は立てたきことなり、
現代語訳
目付の役には今欠けていることがある。衣服などさまざまな事柄について仰せ出された御禁制があるのに、構わずにこれを破るのを咎める人がいない。このため、公儀の御法度は三日法度だと世間で言い習わしている。あってはならないことの第一である。それぞれの方面から仰せ付けられたことは、それぞれの支配の役が扱うべきである。全体に向けて仰せ出されたことは、目付の役として、身分の高い家も商家も分け隔てなく、情け容赦なく咎めて、その支配支配へきっぱりと申し渡すべきことである。ただし今は制度がないので、下も守るべき形がなく、御目付も咎めようがないので、このようになったのである。これについても制度は立てたいことである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』人の扱の發端国の締り財の賑ひの仕様は第一第二の巻に之を記し、尚ほ又之を取捌くは役人也、是に依りて役儀の立て様に仕方あり、是れ治めの根本なり、当時役儀の立様等に聊か宜しからさることどもある也、其事ども左に之を記す、
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『徂徠先生答問書』卷下一官府事務の文字の事御申越候。通典律令の類御覧不被成候へば済不申物に候。異朝の歴代は、代々の制法に替有之候。皆其代其代の開祖の君の料簡にて世界全体の組立に替り有之候故、制法替有之候。是を会得不申候へば其時代の事済不申候故。歴史を見候ても得と済不申物に候。三代の事経書の上は、周礼儀礼々記済不申候へば見え分れ不申候。日本の事跡も、律令延喜式を見不申候へば、公家の代の事は済不申候。右のごとく異国代々の制度の替日本の昔の制度の替を存知候へば、今日当代の上も此処異国と替り、其処昔公家の代と替候と申事明に相知れ申候故、今日の政務の上明に罷成事に候。四書近思録等の理学の書計見候人は、事務の違を不存候故、正真の胡椒丸呑とやらん申物にて候。序に申進候。唐太宗の政務宜敷天下治り候験を斗米三銭と有之候。一斗の米を三文に売申候事に候。近年米価少下直に罷成候へば、武家町人百姓共に困急以の外に候。かやうの違は如何様の儀に候哉。是皆制度の替りより世界の模様にも格別に成行候事に候。官府事務の文字の事被仰下候儀能御心付と存候事に候。
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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『政談』右四册大意の事右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
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『政談』當時制度之なき事兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相応にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から乱れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同様にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき体をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の礼儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無礼甚しく、下たるものは礼に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、
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