導師導古典を学びたいすべての人に

政談 / 道奉行新地奉行の事

道奉行新地奉行廻役なと云ふ役も無用の役也、是はその起り御役仰せ付けらるゝ器量もなき人に、何そ役儀らしきことを申し付け度と思ふ人あるより老中こしらへたることなり、廻役も年ひさしき番衆の代か、下よりひた物立身なれは、其の人しゆつくはいし、わかき新役と同しく御番をすることを無念に思ふを、暫らく引きのけて御番をさせぬやうにしたるものなり、人の廢らぬやうにと料見して、老中のかやうのことを拵へたるは其の時代には善き量見とも云ふへけれとも、畢竟無用のことなり、かやうに無用の役あるより御先手なともその身も世間よりも隱居役と覺えて、役儀の務めなくなるなり、輕き御役人の內にかやうの役尙多かるへし、新地奉行なども同しく詮もなき役なり、代官寺社奉行にて濟むへきことなり、斯の如く跨りて色々の役ある故手代の金をとることに成る也、

新字:道奉行新地奉行廻役なと云ふ役も無用の役也、是はその起り御役仰せ付けらるゝ器量もなき人に、何そ役儀らしきことを申し付け度と思ふ人あるより老中こしらへたることなり、廻役も年ひさしき番衆の代か、下よりひた物立身なれは、其の人しゆつくはいし、わかき新役と同しく御番をすることを無念に思ふを、暫らく引きのけて御番をさせぬやうにしたるものなり、人の廃らぬやうにと料見して、老中のかやうのことを拵へたるは其の時代には善き量見とも云ふへけれとも、畢竟無用のことなり、かやうに無用の役あるより御先手なともその身も世間よりも隠居役と覚えて、役儀の務めなくなるなり、軽き御役人の内にかやうの役尚多かるへし、新地奉行なども同しく詮もなき役なり、代官寺社奉行にて済むへきことなり、斯の如く跨りて色々の役ある故手代の金をとることに成る也、

書き下し

道奉行新地奉行廻役なと云ふ役も無用の役也、是はその起り御役仰せ付けらるゝ器量もなき人に、何そ役儀らしきことを申し付け度と思ふ人あるより老中こしらへたることなり、廻役も年ひさしき番衆の代か、下よりひた物立身なれは、其の人しゆつくはいし、わかき新役と同しく御番をすることを無念に思ふを、暫らく引きのけて御番をさせぬやうにしたるものなり、人の廃らぬやうにと料見して、老中のかやうのことを拵へたるは其の時代には善き量見とも云ふへけれとも、畢竟無用のことなり、かやうに無用の役あるより御先手なともその身も世間よりも隠居役と覚えて、役儀の務めなくなるなり、軽き御役人の内にかやうの役尚多かるへし、新地奉行なども同しく詮もなき役なり、代官寺社奉行にて済むへきことなり、斯の如く跨りて色々の役ある故手代の金をとることに成る也、

現代語訳

道奉行・新地奉行・廻役などという役も無用の役である。これはその起こりが、御役を仰せ付けられるほどの器量もない人に、何か役儀らしいことを申し付けたいと思う人がいたことから、老中がこしらえたものである。廻役も、年久しい番衆の代わりか、下から少しずつ出世した人なので、その人が出世したのに若い新役と同じく御番を勤めることを無念に思うのを、しばらく引き離して御番をさせないようにしたものである。人がすたれないようにと考えて老中がこのようなことをこしらえたのは、その時代には良い考えとも言えようが、結局は無用のことである。このように無用の役があるので、御先手なども本人も世間も隠居役と思い込み、役儀の務めがなくなるのである。軽い御役人の中にはこのような役がまだ多いであろう。新地奉行なども同じく意味のない役である。代官や寺社奉行で済むことである。このように仕事がまたがって色々な役があるので、手代が金を取ることになるのである。

解説

道奉行や新地奉行は、器量のない人に役らしいものを与えたい、古参の番衆の体面を保ちたいという配慮から老中がこしらえた役だと徂徠は見抜く。人を腐らせまいとする善意から出たものでも、結局は無用であり、無用の役があると他の役まで隠居役のように緩んでしまう。さらに役が重なれば手続きが増え、手代が金を取る隙が生まれる。現代でも、処遇のために作られたポストは組織に緩みを広げ、権限の重複は無駄と不正の温床になる。処遇と職務は分けて考えるべきである。

この章句が説くこと

無用処遇職分奉行不正政談

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る