政談 / 諸役人職分支配を分つ事
公事裁判幷に刑罰のことは別に公事奉行と云ふ者を立てゝ、牢屋なとは此の下に屬し、寺社町方百姓ともに公事幷に刑罰は之にて掌さしむへし、當時は譬へは武家科人も刑罰詮議に及ふときは町奉行へ渡すこと、是武家町人の差別分れず甚た宜しからさることなり、此の外作事普請の筋亦一筋なるへし、當時は作事奉行普請奉行と分るゝこと詮もなきことなり、武備の一まき武器のことは古は兵次部の掌りなり、是れ亦一筋なるへし、又其の外諸細工のたくひ是亦一筋なるへし、古工部の役人ありて之を掌る故些細の細工の筋役人功者にて器物丈夫なり、當時は我人も町奉行の下につけ之を掌る役人なき故何事も職人任せになり、たゝ直段のことはかりを役人は詮議するやうなり、又當時は上の御好ある故奧向の衆承はりて之を掌る故人々逼にして奸曲も之より生すると見えたり、
新字:公事裁判幷に刑罰のことは別に公事奉行と云ふ者を立てゝ、牢屋なとは此の下に属し、寺社町方百姓ともに公事幷に刑罰は之にて掌さしむへし、当時は譬へは武家科人も刑罰詮議に及ふときは町奉行へ渡すこと、是武家町人の差別分れず甚た宜しからさることなり、此の外作事普請の筋亦一筋なるへし、当時は作事奉行普請奉行と分るゝこと詮もなきことなり、武備の一まき武器のことは古は兵次部の掌りなり、是れ亦一筋なるへし、又其の外諸細工のたくひ是亦一筋なるへし、古工部の役人ありて之を掌る故些細の細工の筋役人功者にて器物丈夫なり、当時は我人も町奉行の下につけ之を掌る役人なき故何事も職人任せになり、たゝ直段のことはかりを役人は詮議するやうなり、又当時は上の御好ある故奥向の衆承はりて之を掌る故人々逼にして奸曲も之より生すると見えたり、
書き下し
公事裁判幷に刑罰のことは別に公事奉行と云ふ者を立てゝ、牢屋なとは此の下に属し、寺社町方百姓ともに公事幷に刑罰は之にて掌さしむへし、当時は譬へは武家科人も刑罰詮議に及ふときは町奉行へ渡すこと、是武家町人の差別分れず甚た宜しからさることなり、此の外作事普請の筋亦一筋なるへし、当時は作事奉行普請奉行と分るゝこと詮もなきことなり、武備の一まき武器のことは古は兵次部の掌りなり、是れ亦一筋なるへし、又其の外諸細工のたくひ是亦一筋なるへし、古工部の役人ありて之を掌る故些細の細工の筋役人功者にて器物丈夫なり、当時は我人も町奉行の下につけ之を掌る役人なき故何事も職人任せになり、たゝ直段のことはかりを役人は詮議するやうなり、又当時は上の御好ある故奥向の衆承はりて之を掌る故人々逼にして奸曲も之より生すると見えたり、
現代語訳
公事裁判ならびに刑罰のことは別に公事奉行という者を立てて、牢屋などはこの下に属させ、寺社・町方・百姓ともに公事と刑罰はここでつかさどらせるべきである。今は、たとえば武家の咎人も刑罰の詮議に及ぶときは町奉行へ渡すこと、これは武家と町人の差別が分かれず甚だよろしくないことである。このほか作事・普請の筋もまた一筋とすべきである。今は作事奉行と普請奉行とに分かれていることは甲斐のないことである。武備の一巻、武器のことは古は兵部の司りである。これもまた一筋とすべきである。またそのほか諸細工の類い、これもまた一筋とすべきである。古は工部の役人があってこれをつかさどったので、些細な細工の筋も役人が功者で器物が丈夫であった。今は細工もみな町奉行の下につけて、これをつかさどる役人がないので、何事も職人任せになり、ただ値段のことばかりを役人は詮議するようである。また今は上の御好みがあるので、奥向きの衆が承ってこれをつかさどるので、人々が困窮し、奸曲もここから生じると見える。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』用人第二十七士をして官を兼ねざらしむ、故に技長ず。人をして功を同じくせざらしむ、故に爭莫し。
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『政談』諸役人職分支配を分つ事御老中は大名を支配し、若老中は御旗本を支配すれは、大名御旗本の官位の昇進役禄の增减参勤交替のこと縁組養子家督等のことは各々月番にても取捌くへきことなり、品々御政務の筋まで一つにして月番に受込み一月切に取捌くことゆゑ、御用繁多にして勤め方粗末なりと見えたり、周礼にも六官を分け、後世にも六部を分けたること古来の良制なり、御老中若老中にも役筋を分けて司とらせたきことなり、その分けやうは禁裡堂上方御門跡等のすぢは高家を下た司と云ふへし、礼儀作法殿中御規式のすぢは奏者物番を属官とすへし、寺社のすぢは今までの寺社奉行属官たるべし、町方のすぢは町奉行属官たるへし、御入毛のすぢは地方奉行相違なくたゞし、三奉行いつれも公事訴訟ともに掌とること故御用繁多にして粗末のことゝも多し、町奉行は御城下を三つにも四つにも仕切りて別々に分ち掌らせて、町方の治めを第一とし、訴訟までを受さすへし、地かたも治めを第一として訴訟迄を掌さしむへし、寺社も此通りなり、
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『徂徠先生答問書』卷上たとへば鷹野に出候に、鷹を使ひ候人も有之候。犬を牽申候人も御座候。犬を牽申候へば、犬を己が職分に致し候て、鷹には少も構ひ不申候へ共、鷹を助候為の犬と申候事を心付不申候へば、其職分違ひ申候。又子供を教訓いたし候に、せつかんいたし候人も有之候。とりさへ候人も有之候。せつかんの役人はおそろしき貌をいたし候へ共、心より悪み候にては無之、教訓の主意を失ひ申さぬ事に候。取さへ候人は、其子供の味方になり候様に見え候得共、実はせつかん致し候人を助け候役人にて候。其わざ別に候へども、互に心をよく会得いたし候故、仕手脇拍子揃ひ候て、狂言の仕組も出来申候事に候。然れば臣たるものゝ道は、君たる道を不存候ては了簡皆違ひ申候事明らかに御座候。
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『墨子』尚賢中然らば則ち天の能を使いし所の者は誰ぞや。曰く、昔者の禹・稷・臯陶の若き是れなり。何を以て其の然るを知るや。先王の書、呂刑、之を道いて曰く、「皇帝、清く下民に問う。苗に辭有り、曰く、『羣后の逮ぶこと下に在り、明明として常を棐け、鰥寡も盖わるる無し。徳の威、維れ威、徳の明、維れ明なり』と。乃ち三后に命じて、功を民に恤えしむ。伯夷は典を降して、民を折くに維れ刑を以てす。禹は水土を平らげ、名山川を主る。稷は播種を降して、嘉榖を農殖す。三后、功を成し、維れ民に殷んなり」と。
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論語・憲問篇子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。
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論語・子路篇樊遅、稼を学ばんことを請う。子曰く、「吾老農に如かず。」圃を為るを学ばんことを請う。曰く、「吾老圃に如かず。」樊遅出づ。子曰く、「小人なるかな、樊須や。上礼を好めば、則ち民敢えて敬せざること莫し。上義を好めば、則ち民敢えて服せざること莫し。上信を好めば、則ち民敢えて情を用いざること莫し。夫れ是くの如くんば、則ち四方の民、其の子を襁負して至らん。焉んぞ稼を用いん。」
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