論語 / 憲問篇
子曰:「爲命,裨諶草創之,世叔討論之,行人子羽脩飾之,東里子產潤色之。」
新字:子曰:「為命,裨諶草創之,世叔討論之,行人子羽脩飾之,東里子産潤色之。」
書き下し
子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。
現代語訳
先生がおっしゃった。「(鄭の国で)外交の文書を作るときには、裨諶が下書きをし、世叔がそれを検討し、外交官の子羽が手を入れて整え、東里の子産が仕上げの磨きをかけた。」
解説
一つの文書に四人が関わり、それぞれの役割が明確に分かれている。草案、検討、修正、仕上げ。工程が分業されているだけでなく、担当者の名前まで記録されている。孔子がこれをわざわざ挙げたのは、この体制そのものを評価したからだろう。鄭は小国でありながら大国のあいだで生き延びた。その要因の一つが、外交文書の質だった。仕事の質を上げる方法として、これは現代でも変わらない。一人が最初から最後まで書いた文書は、その人の癖と盲点をそのまま残す。工程を分け、別の目を通すことで質が上がる。ただし、分業には条件がある。各工程の役割が明確で、前の工程を尊重すること。草案を書いた人の意図を無視して仕上げれば、体裁は整っても中身が抜ける。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
分業工程外交推敲子産
関連する章句
-
『春秋左氏伝』襄公三十一年 子産、能を択ぶ十二月、北宮文子衛の襄公に相として以て楚に如く。宋の盟の故なり。鄭を過ぐ。印段棐林に迋勞す。聘禮の如くして勞辭を以てす。文子入りて聘す。子羽行人為り、馮簡子と子大叔と客を逆ふ。事畢りて出で、衛侯に言ひて曰く、「鄭は禮有り。其れ數世の福なり。其れ大國の討無からんか。詩に曰く、『誰か能く熱を執りて、逝きて以て濯はざらん』と。禮の政に於けるや、熱の濯有るが如し。濯ひて以て熱を救ふ、何の患か之れ有らん」と。子產の政に從ふや、能を擇びて之を使ふ。馮簡子は能く大事を斷ず。子大叔は美秀にして文なり。公孫揮は能く四國の為を知りて、其の大夫の族姓・班位・貴賤・能否を辨じ、而して又善く辭令を為す。裨諶は能く謀る。野に謀れば則ち獲、邑に謀れば則ち否ず。鄭國將に諸侯の事有らんとすれば、子產乃ち四國の為を子羽に問ひ、且つ多く辭令を為らしむ。裨諶と乘りて以て野に適き、可否を謀らしむ。而して馮簡子に告げて之を斷ぜしむ。事成れば、乃ち子大叔に授けて之を行はしめ、以て賓客に應對す。是を以て敗事有ること鮮し。北宮文子の所謂禮有るなり。
-
『墨子』尚賢中然らば則ち天の能を使いし所の者は誰ぞや。曰く、昔者の禹・稷・臯陶の若き是れなり。何を以て其の然るを知るや。先王の書、呂刑、之を道いて曰く、「皇帝、清く下民に問う。苗に辭有り、曰く、『羣后の逮ぶこと下に在り、明明として常を棐け、鰥寡も盖わるる無し。徳の威、維れ威、徳の明、維れ明なり』と。乃ち三后に命じて、功を民に恤えしむ。伯夷は典を降して、民を折くに維れ刑を以てす。禹は水土を平らげ、名山川を主る。稷は播種を降して、嘉榖を農殖す。三后、功を成し、維れ民に殷んなり」と。
-
『学問のすゝめ』三編・一身独立して一国独立すること・権義あればしたがって職分ありもとより国の政をなす者は政府にて、その支配を受くる者は人民なれども、こはただ便利のために双方の持ち場を分かちたるのみ。一国全体の面目にかかわることに至りては、人民の職分として政府のみに国を預け置き、傍よりこれを見物するの理あらんや。すでに日本国の誰、英国の誰と、その姓名の肩書に国の名あれば、その国に住居し、起居眠食、自由自在なるの権義あり。すでにその権義あれば、またしたがってその職分なかるべからず。
-
『政談』諸役人職分支配を分つ事公事裁判幷に刑罰のことは別に公事奉行と云ふ者を立てゝ、牢屋なとは此の下に属し、寺社町方百姓ともに公事幷に刑罰は之にて掌さしむへし、当時は譬へは武家科人も刑罰詮議に及ふときは町奉行へ渡すこと、是武家町人の差別分れず甚た宜しからさることなり、此の外作事普請の筋亦一筋なるへし、当時は作事奉行普請奉行と分るゝこと詮もなきことなり、武備の一まき武器のことは古は兵次部の掌りなり、是れ亦一筋なるへし、又其の外諸細工のたくひ是亦一筋なるへし、古工部の役人ありて之を掌る故些細の細工の筋役人功者にて器物丈夫なり、当時は我人も町奉行の下につけ之を掌る役人なき故何事も職人任せになり、たゝ直段のことはかりを役人は詮議するやうなり、又当時は上の御好ある故奥向の衆承はりて之を掌る故人々逼にして奸曲も之より生すると見えたり、
-
福沢諭吉小品集・学問の独立・第18段人間社会の事は千緒万端にして、ただ政治のみをもって組織すべきものに非ず。人の働もまた、千緒万端に分別してこれに応ぜざるべからず。すなわち人事の分業分任なり。すでにこれを分てこれに任ずるときは、おのおの長ずるところあるべきは自然の理にして、農商の事に長ずるものあり、工芸技術に長ずるものあり、あるいは学問に長じ、あるいは政治に長ずる等、相互に争うべからざるものあるがゆえに、この事に長ずるものは、この事の長者としてこれを貴び、その業に長ずる者は、その業の長者としてこれに最上の栄誉をあたうるもまた、自然の理において許すべきものなり。たとえば大関が相撲最上の長者なれば、九段は碁将棋最上の長者にして、その長者たるや、一等官が政事の長者たるに異ならざるなり。 されば、生れながらにして学に志し、畢生の精神を自身の研究と他人の教導とに用いて、その一方に長ずる者は、学問社会の長者にして、これまた一等官が政事の長者たるに異ならざるや、もとより明白なり。而してその相撲の大関または碁将棋の九段なる者が、太政大臣と同一様の栄誉を得ざるは何ぞや。相撲と碁将棋とは、その事柄において、これを政事に比して軽重の別あるがゆえに、その軽重の差にしたがいて、双方の長と長と比肩するを得ざるものなりといえども、今一国文明の進歩を目的に定めて、政事と学事と相互に比較したらば、いずれを重しとし、いずれを軽しとするは、判断においてはなはだ難き事ならん。 学者をして学問の貴きを説かしめたらば、政事の如きは小児の戯にして論ずるに足らざるものなりといい、政事家もまた学問を蔑視して、実用に足らざる老朽の空論なりとすることならんといえども、これはいわゆる双方の偏頗論にして、公平にいえば、政事も学問もともに人事の至要にして、双方ともに一日も空しゅうすべからず。政事は実際の衝にあたって大切なり。学問は永遠の大計を期して大切なり。政事は目下の安寧を保護して学者の業を安からしめ、学問は人を教育して政事家をも陶冶し出だす。双方ともに毫も軽重あることなしとの裁判にて、双方に不平なかるべし。
-
『墨子』耕柱治徒娛・縣子碩、子墨子に問いて曰く、「義を為すに孰れをか大務と為す」と。子墨子曰く、「譬えば牆を築くが若く然り。能く築く者は築き、能く壤を實つる者は壤を實て、能く掀ぐる者は掀げ、然る後に牆成る。義を為すも猶お是のごときなり。能く談辯する者は談辯し、能く書を説く者は書を説き、能く事に従う者は事に従い、然る後に義事成る」と。