論語 / 憲問篇
子曰:「爲命,裨諶草創之,世叔討論之,行人子羽脩飾之,東里子產潤色之。」
新字:子曰:「為命,裨諶草創之,世叔討論之,行人子羽脩飾之,東里子産潤色之。」
書き下し
子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。
現代語訳
先生がおっしゃった。「鄭では外交文書を作るのに、裨諶が草案を書き、世叔がそれを検討し、外交官の子羽が手を入れ、東里の子産が最後の仕上げをした。」
解説
一つの文書に四人が関わり、それぞれの役割が明確に分かれている。草案、検討、修正、仕上げ。工程が分業されているだけでなく、担当者の名前まで記録されている。孔子がこれをわざわざ挙げたのは、この体制そのものを評価したからだろう。鄭は小国でありながら大国のあいだで生き延びた。その要因の一つが、外交文書の質だった。仕事の質を上げる方法として、これは現代でも変わらない。一人が最初から最後まで書いた文書は、その人の癖と盲点をそのまま残す。工程を分け、別の目を通すことで質が上がる。ただし、分業には条件がある。各工程の役割が明確で、前の工程を尊重すること。草案を書いた人の意図を無視して仕上げれば、体裁は整っても中身が抜ける。
この章句が説くこと
分業工程外交推敲子産
関連する章句
-
『墨子』尚賢中然らば則ち天の能を使いし所の者は誰ぞや。曰く、昔者の禹・稷・臯陶の若き是れなり。何を以て其の然るを知るや。先王の書、呂刑、之を道いて曰く、「皇帝、清く下民に問う。苗に辭有り、曰く、『羣后の逮ぶこと下に在り、明明として常を棐け、鰥寡も盖わるる無し。徳の威、維れ威、徳の明、維れ明なり』と。乃ち三后に命じて、功を民に恤えしむ。伯夷は典を降して、民を折くに維れ刑を以てす。禹は水土を平らげ、名山川を主る。稷は播種を降して、嘉榖を農殖す。三后、功を成し、維れ民に殷んなり」と。
-
『墨子』耕柱治徒娛・縣子碩、子墨子に問いて曰く、「義を為すに孰れをか大務と為す」と。子墨子曰く、「譬えば牆を築くが若く然り。能く築く者は築き、能く壤を實つる者は壤を實て、能く掀ぐる者は掀げ、然る後に牆成る。義を為すも猶お是のごときなり。能く談辯する者は談辯し、能く書を説く者は書を説き、能く事に従う者は事に従い、然る後に義事成る」と。
-
『学問のすゝめ』三編・一身独立して一国独立すること・権義あればしたがって職分ありもとより国の政をなす者は政府にて、その支配を受くる者は人民なれども、こはただ便利のために双方の持ち場を分かちたるのみ。一国全体の面目にかかわることに至りては、人民の職分として政府のみに国を預け置き、傍よりこれを見物するの理あらんや。すでに日本国の誰、英国の誰と、その姓名の肩書に国の名あれば、その国に住居し、起居眠食、自由自在なるの権義あり。すでにその権義あれば、またしたがってその職分なかるべからず。
-
論語・子路篇樊遅、稼を学ばんことを請う。子曰く、「吾老農に如かず。」圃を為るを学ばんことを請う。曰く、「吾老圃に如かず。」樊遅出づ。子曰く、「小人なるかな、樊須や。上礼を好めば、則ち民敢えて敬せざること莫し。上義を好めば、則ち民敢えて服せざること莫し。上信を好めば、則ち民敢えて情を用いざること莫し。夫れ是くの如くんば、則ち四方の民、其の子を襁負して至らん。焉んぞ稼を用いん。」
-
『韓非子』用人第二十七士をして官を兼ねざらしむ、故に技長ず。人をして功を同じくせざらしむ、故に爭莫し。
-
『墨子』節用中是の故に古者、聖王、制して節用の法を為りて曰く、「凡そ天下の羣百工、輪・車・鞼・匏・陶・冶・梓・匠は、各おの其の能くする所に從事せしむ」と。曰く、「凡そ以て民用に奉給するに足る諸れは、費を加えて民の利を加えざれば則ち止む」と。