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政談 / 官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事

公儀を朝鮮王と同格と見るときは、三家の御方は宗室親王歟の格にあたり、宗室親王は一位よりは上にあたるに、其御方を三使の相伴に出たすこと、此方を甚た下けたる禮法なり、若し朝鮮より禁裡へ使者を參せは、此方の三位の人を三使の相伴に出たすこと相應なれとも、是亦日本の古法にては朝鮮王を禁裡と同格には立てす、禁裡は皇帝なり、朝鮮王は王位なり、されは朝鮮は日本へ臣と稱する禮法にする故、いつも家來あひしらひにて、朝鮮の使者をは陪臣の格なれは是亦合はぬことなり、當時上方の官位を高く守りて三位と同格とするときは、朝鮮王を禁裡と同格と見る故公儀は一格落つることになり、同躰を取り失なひ甚た宜しからさることなり、御先々御代に荒井筑後守此事を憤りて三家の相伴をやめたれとも、三位と云ふ名目ある故朝鮮の方にて先規違ひたるとて合點せす、是皆制度宜しからさる故箇樣なる所に至りて行き支あるなり、武家にて勳階を重もに立てゝ勳三等の人を三使の相伴にせは、明朝清朝にても勳一等を矢張一位と同格にする故、朝鮮人も左と思ひ事躰相當の所に了簡付かぬ也、兎角何ことも公武各別と云ふ節を堅固に立てたき事なり、

新字:公儀を朝鮮王と同格と見るときは、三家の御方は宗室親王歟の格にあたり、宗室親王は一位よりは上にあたるに、其御方を三使の相伴に出たすこと、此方を甚た下けたる礼法なり、若し朝鮮より禁裡へ使者を参せは、此方の三位の人を三使の相伴に出たすこと相応なれとも、是亦日本の古法にては朝鮮王を禁裡と同格には立てす、禁裡は皇帝なり、朝鮮王は王位なり、されは朝鮮は日本へ臣と称する礼法にする故、いつも家来あひしらひにて、朝鮮の使者をは陪臣の格なれは是亦合はぬことなり、当時上方の官位を高く守りて三位と同格とするときは、朝鮮王を禁裡と同格と見る故公儀は一格落つることになり、同体を取り失なひ甚た宜しからさることなり、御先々御代に荒井筑後守此事を憤りて三家の相伴をやめたれとも、三位と云ふ名目ある故朝鮮の方にて先規違ひたるとて合点せす、是皆制度宜しからさる故箇様なる所に至りて行き支あるなり、武家にて勲階を重もに立てゝ勲三等の人を三使の相伴にせは、明朝清朝にても勲一等を矢張一位と同格にする故、朝鮮人も左と思ひ事体相当の所に了簡付かぬ也、兎角何ことも公武各別と云ふ節を堅固に立てたき事なり、

書き下し

公儀を朝鮮王と同格と見るときは、三家の御方は宗室親王歟の格にあたり、宗室親王は一位よりは上にあたるに、其御方を三使の相伴に出たすこと、此方を甚た下けたる礼法なり、若し朝鮮より禁裡へ使者を参せは、此方の三位の人を三使の相伴に出たすこと相応なれとも、是亦日本の古法にては朝鮮王を禁裡と同格には立てす、禁裡は皇帝なり、朝鮮王は王位なり、されは朝鮮は日本へ臣と称する礼法にする故、いつも家来あひしらひにて、朝鮮の使者をは陪臣の格なれは是亦合はぬことなり、当時上方の官位を高く守りて三位と同格とするときは、朝鮮王を禁裡と同格と見る故公儀は一格落つることになり、同体を取り失なひ甚た宜しからさることなり、御先々御代に荒井筑後守此事を憤りて三家の相伴をやめたれとも、三位と云ふ名目ある故朝鮮の方にて先規違ひたるとて合点せす、是皆制度宜しからさる故箇様なる所に至りて行き支あるなり、武家にて勲階を重もに立てゝ勲三等の人を三使の相伴にせは、明朝清朝にても勲一等を矢張一位と同格にする故、朝鮮人も左と思ひ事体相当の所に了簡付かぬ也、兎角何ことも公武各別と云ふ節を堅固に立てたき事なり、

現代語訳

公儀を朝鮮王と同格と見るときは、御三家の方は宗室親王かの格にあたり、宗室親王は一位より上にあたるのに、その方を三使の相伴に出すことは、こちらを甚だ下げた礼法である。もし朝鮮から禁裏へ使者を遣わすならば、こちらの三位の人を三使の相伴に出すことは相応であるが、これもまた日本の古法では朝鮮王を禁裏と同格には立てない。禁裏は皇帝である。朝鮮王は王位である。それゆえ朝鮮は日本へ臣と称する礼法にするので、いつも家来扱いであり、朝鮮の使者は陪臣の格であるから、これもまた合わないことである。今、上方の官位を高く守って三位と同格とするときは、朝鮮王を禁裏と同格と見ることになるので、公儀は一格落ちることになり、国体を取り失い、甚だよろしくないことである。先々代の御代に新井筑後守(白石)がこの事を憤って三家の相伴をやめたけれども、三位という名目があるので、朝鮮の方では先規と違うといって合点しなかった。これは皆制度がよくないので、このようなところに至って行き詰まりがあるのである。武家で勲階を主に立て、勲三等の人を三使の相伴にすれば、明朝・清朝でも勲一等をやはり一位と同格にするので、朝鮮人もそう思い、事体相当のところに了簡が付くであろう。とにかく何事も公武各別という節をしっかり立てたいことである。

解説

将軍と朝鮮王を同格とすれば、御三家は親王格であり、三位の使節の相伴にするのは自らを下げる礼法になる。逆に朝廷の位階で三位同士と見れば、朝鮮王を天皇と同格に置くことになり、幕府が一段落ちる。新井白石が相伴を改めても、三位という名目に縛られて朝鮮側を納得させられなかったのは、制度そのものが不備だからだと徂徠は言う。勲階を立てれば中国の制度とも対応がつき、国際的にも通用する。担当者の熱意で個別に直しても、根の制度が整わなければ必ず行き詰まるという教訓は、現代にも通じる。

この章句が説くこと

制度外交公武勲階新井白石政談

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