政談 / 武家米を貯ふる仕方の事
右の通りにて世界を賑はす道事濟むことなれとも、知行所に風損水損もあり、家に子供多く、媳取り婿取り打續き、又は永病ひ困窮すること人界に必す有ることにて、强ち覺悟の惡しきと云ふ物にてもなし、此等は脇より助け救ふ事なけれは叶はさること也、御城下は一町の内脇へ宿替をすることのならぬやうに立て置き、武家は知行所に居住して一郡の内を一組とし、幼少より同組同所のものと馴れなじみ、交りを睦くし、惡事をは互ひに意見を云ひ、改めぬものをは頭に訴ふる法を立て置ときは、自然と相互ひに助け救ふこと是亦人情の常なり、
新字:右の通りにて世界を賑はす道事済むことなれとも、知行所に風損水損もあり、家に子供多く、媳取り婿取り打続き、又は永病ひ困窮すること人界に必す有ることにて、強ち覚悟の悪しきと云ふ物にてもなし、此等は脇より助け救ふ事なけれは叶はさること也、御城下は一町の内脇へ宿替をすることのならぬやうに立て置き、武家は知行所に居住して一郡の内を一組とし、幼少より同組同所のものと馴れなじみ、交りを睦くし、悪事をは互ひに意見を云ひ、改めぬものをは頭に訴ふる法を立て置ときは、自然と相互ひに助け救ふこと是亦人情の常なり、
書き下し
右の通りにて世界を賑はす道事済むことなれとも、知行所に風損水損もあり、家に子供多く、媳取り婿取り打続き、又は永病ひ困窮すること人界に必す有ることにて、強ち覚悟の悪しきと云ふ物にてもなし、此等は脇より助け救ふ事なけれは叶はさること也、御城下は一町の内脇へ宿替をすることのならぬやうに立て置き、武家は知行所に居住して一郡の内を一組とし、幼少より同組同所のものと馴れなじみ、交りを睦くし、悪事をは互ひに意見を云ひ、改めぬものをは頭に訴ふる法を立て置ときは、自然と相互ひに助け救ふこと是亦人情の常なり、
現代語訳
右の通りで世の中を賑わす道は済むのであるが、知行所に風害や水害もあり、家に子供が多く、嫁取り婿取りが打ち続き、または長患いで困窮することは人の世に必ずあることで、強ちに心がけが悪いというものでもない。これらは脇から助け救うことがなければかなわないことである。御城下は一町の内から脇へ宿替えができないように立てておき、武家は知行所に住んで一郡の内を一組とし、幼少から同じ組・同じ所の者と馴れ親しみ、交わりを睦まじくし、悪事については互いに意見を言い、改めない者は頭に訴える法を立てておくときは、自然と互いに助け救うこと、これもまた人情の常である。
解説
この章句が説くこと
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『政談』武家旅宿の境遇を改むる事国に締を付けたること大概右の条々につくせり、されとも畢竟の所武家を知行所に置さるは締の至極にあらす、夫のみならす武道を再興し、世界の奢りを静め、武家の貧窮を救ふ仕方此の外更に有るへからす、先つ第一武家御城下に集り居るは旅宿なり、諸大名の家来も其の城下に居るを江戸に対して在所とはいへとも、是亦己か知行所にあらされは旅宿なり、其仔細は衣食住を初め木一本も買調へねはならぬ故旅宿なり、故に武家を御城下に差置ときは、一年の知行米を売払ふて夫にてものを買調へ一年中に使ひ切る故、勢を出して上へする奉公は皆御城下の町人のためになるなり、是に依りて御城下の町人盛になりて世界次第に悪しくなり、物の直段次第に高直になりて武家の困窮当時に至りては最早すへきやうなくなりたり、
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『政談』武家旅宿の境遇を改むる事田舎に武家居住せさる故武家田舎へ行きて放埓をするを気遣ひ、五里外へ罷出つることは今はならさることなれとも、夫とは違ひ在々所々に地頭之ある上は筋ある所へ参り放埓すへきやうなし、川狩鹿狩をも仕りて山川をかけありき、国中の地理をも知り、嶮岨にもなれ、物事に武士にわさ功者になるへし、当時は我か身江戸にありて知行所遠方なれは、なじみもなく恩義も貫ぬかす、只百姓よりは年貢をとる者と覚え、百姓は亦年貢を出だすとはかり覚え、唯々取らん取られじの心計りにて百姓に非道をするやからも之あれとも、不断に我か住所にて見なれ聞なれする時は愛憐の心も自然と生し、如何様の人にても百姓をさのみ惨くはせぬこと是亦人情なり、武家を知行所に差置くこと斯の如く徳ありて甚た宜しきことなり、
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『政談』武家米を貯ふる仕方の事此の上に御領私領も年貢米をむざと売り払はす蔵を立てゝ込め置くへし、其仕方蔵をは羽目にして米を籾ともに俵にせすはだかにて入れ置くへし、籾共に貯へ置くときは何ケ年も持つものなり、俵に入れぬときは、盗人を防き虫も付かす、是異国の法にて、近江の国なとには今も斯の如くするなり、日本御図帳に取かの殊の外に高く付けてあるも、古籾納めの時の升目なりと知るへし、大抵毎年の年貢米四分一は堅く売払ふへからす、是古生制の古法なり、斯の如くすれは三年にて一年のものなりたる故、はうはいの貢も成なり、又大飢饉の節民を救ふこともなるなり、又一揆兵乱之ある節兵粮の手つかひに事欠くことなし、
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『政談』武家米を貯ふる仕方の事右の如くして米を至極に高直にする時は御城下の町人皆雑穀を食するやうになるへし、されは君子小人の食物自然に分れて是れ亦古の道に叶ふことなり、総して商人は利倍を以て渡世をするもの故、当時の有様にても一夜けんきやうにとも成り、又一日の内に潰れもするものにて、是元来不定なる渡世をするもの故なり、武家と百姓とは田地より外の渡世なくて空住の者なれは、只武家と百姓の常住に宜しきやうにするを治めの根本とすへし、商人の潰るゝと云ふは曽て搆ふましきことなり、是亦治道の大割りの心得なりと知るへし、
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『政談』貸借の道の事偖貸借するときは人々の相対にして、滞りたるとき奉行へ出るによりて貸借に様々の悪事あることなり、偖人の有余不足を通する道は無尽に若くはなし、異国の社倉の法最も宜しきなり、されとも御城下は人々めん〳〵こうにて然も住所定らす、欠落逐電多き故無尽混もの破る、是によりて御停止となる、一巻目に云ひたる戸籍の法立て、武家には肝煎町には名主の世話にて取扱はゞ無尽の破るゝことなく、人々の不足は之にて補ふべきなり、当時も田舎の百姓の上にて無尽の破るゝと云ふことはなきことなり、大名の借金も其家老の印、京大坂江戸にても所々の奉行の加印にて貸すへし、身上の高に応し金高の程を極め、知行所の内何々村の年貢米を利足幷に本金済崩しの料に渡す事、法を極むる時は以来の大借の畳まり無かるへし、
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『政談』武家米を貯ふる仕方の事武家知行所に居住するとき、家居は所の木を伐りて造る、米は年貢米を用ゆる、味噌豆も所に生する、衣服は織りて着る、衣食住に物入ることなし、下々のきりまいも米にて取らする、又大小衣服を免す時は分限なる百姓皆家来となる、人返しをするときは奉公人他へ住むことならぬ故、皆地頭の家来となり譜代となる、されは米を売りて金にすることは入らぬことなり、右に云ひたる四分一をまうくると云ふは至極の兼合ひなり、尚ほ其の外をも米を妄りに売らす武家に占め置くときは、商人も米を金にせすしてならぬこと故商人特の外に迷惑して諸色の直段は心の儘に下かるへし、是は主客の勢ひと云ふことなり、当時は旅宿の境界なる故金なくてはならぬ故、米を売りて金にして商人より物を買て日々を送ることなれば、商人主となりて武家は客なり、故に諸色の直段武家の心儘にならぬなり、武家皆知行所に住するときは米を売らずして事済む故、商人米を欲しかる事なれは武家主となりて商人客なり、されは諸色の直段は心儘に成ことなり、是皆古聖人の広大甚深なる智恵より出てたる万古不易の掟なり、
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