政談 / 制度の事
すゝしゑほし直垂着たる形を張なりするしと云人多し、是ひやすへのすかたそ見なれたる目くせなり、當時は禰宣ことふれのたぐひ、常に裝束をするを見付けたるくせにて云ことなり、されとも繪にかきたる所を見れは上下すがたはさりとては見られぬものなり、是正直成る目なりと知るへし、又武用に惡しきと云人あるへけれとも、源平の時分大平記の時分皆鳥帽子直垂にて武用に事足ることなり、又鳥帽子は氣つまりて一日も着られぬといふ人あり、是もくせなり、大抵さかやきを隔日にする人一日延れは氣色惡しくなる、されとも山伏根來組は總髪なれとも何の變りめなし、皆な仕なれたることはひいきする人情のくせと知るへし、兎角儉約の仕方人の困窮を救ふ仕形烏帽子直垂にて供廻りを減少する外はあるまじきなり、
新字:すゝしゑほし直垂着たる形を張なりするしと云人多し、是ひやすへのすかたそ見なれたる目くせなり、当時は祢宣ことふれのたぐひ、常に装束をするを見付けたるくせにて云ことなり、されとも絵にかきたる所を見れは上下すがたはさりとては見られぬものなり、是正直成る目なりと知るへし、又武用に悪しきと云人あるへけれとも、源平の時分大平記の時分皆鳥帽子直垂にて武用に事足ることなり、又鳥帽子は気つまりて一日も着られぬといふ人あり、是もくせなり、大抵さかやきを隔日にする人一日延れは気色悪しくなる、されとも山伏根来組は総髪なれとも何の変りめなし、皆な仕なれたることはひいきする人情のくせと知るへし、兎角倹約の仕方人の困窮を救ふ仕形烏帽子直垂にて供廻りを減少する外はあるまじきなり、
書き下し
すゝしゑほし直垂着たる形を張なりするしと云人多し、是ひやすへのすかたそ見なれたる目くせなり、当時は祢宣ことふれのたぐひ、常に装束をするを見付けたるくせにて云ことなり、されとも絵にかきたる所を見れは上下すがたはさりとては見られぬものなり、是正直成る目なりと知るへし、又武用に悪しきと云人あるへけれとも、源平の時分大平記の時分皆鳥帽子直垂にて武用に事足ることなり、又鳥帽子は気つまりて一日も着られぬといふ人あり、是もくせなり、大抵さかやきを隔日にする人一日延れは気色悪しくなる、されとも山伏根来組は総髪なれとも何の変りめなし、皆な仕なれたることはひいきする人情のくせと知るへし、兎角倹約の仕方人の困窮を救ふ仕形烏帽子直垂にて供廻りを減少する外はあるまじきなり、
現代語訳
生絹の烏帽子・直垂を着た姿を、張りぼてのようだと言う人が多い。これは白衣の姿を見慣れた目の癖である。今は禰宜や事触れの類が常に装束をしているのを見つけている癖で言うことである。けれども絵に描いたところを見れば、裃姿はなんとも見られたものではない。これこそ正直な目であると知るべきである。また武用に悪いと言う人もあるであろうが、源平の時分や『太平記』の時分は皆烏帽子・直垂で武用に事足りていたのである。また烏帽子は気詰まりで一日も着ていられないという人もある。これも癖である。たいてい月代を一日おきに剃る人が一日延びれば気分が悪くなる。けれども山伏や根来組は総髪でも何の変わりもない。皆、し慣れたことを贔屓するのは人情の癖だと知るべきである。とにかく倹約の仕方、人の困窮を救う仕方は、烏帽子・直垂にして供回りを減らすよりほかはないであろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『講孟余話』離婁上 首章此の章、徒善にても徒法にても用を済まさず、法と善と兼備するに非ざれば不可なることを云ひて、重きを法に帰し、仁心仁聞ありて民其の沢を被らざるを議る。孟子の所謂法は即ち王政なり、仁政なり、五畝の宅・百畝の田・庠序学校の設けの類なり。然れども後世政を執る者深く察せず、却つて此の語に誤らるる者あり。宋の王安石、明の方孝孺の如き皆是れなり。安石・孝孺皆謂へらく、政の要は法の善悪にありと。故に務めて法度を紛更変易せんと欲す。是れ大いに非なり。大凡道に汚隆あり徳に厚薄ありと云へども、創業垂統の主は必ず百世に伝ふるの制度ある者なり。故に守成の臣子たる者は務めて祖宗の法制を講究し、且つ徒法にならざる様にするは徳を修むるにあるのみ。若し己の徳を修むるを知らず、祖宗の法制あるをも知らず、別に先王の法を求め周室の制に倣ふ時は、必ず枘鑿矛盾して大害大変を生ずること必せり。是れ安石・孝孺の誤る所なり。然らば孟子の説は非か。云ふ、否。治を為すは太甚を去るべし。孟子の時諸国の政大いに乱る。故に其の太甚を去りて是れを成周の旧に復せんと欲するなり。且つ孟子の時大いに乱ると雖も、猶周家の余緒を承く。宋明の周制を用ひ旧制を変じ、大いに人情に戾り衆目を駭かす如きに非ざるなり。是れ知らざるべからず。
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事元禄の時分も金銀殖えたる勢に乗して世界の旅宿を改め、物の制度を立てたらは世は箇様に成るましきなり、当時先々も同しく旅宿の境界を已めて、物の制度を立てゝ、よくとくとゆりすわりたらは、金銀正徳の半減になるとても世界も困窮すましきことなれとも、既に斯の如く困窮したるを直さすしては、旅宿の境界を巳むることも物の制度を立つることも甚た以て難きことなり、総して世界の有様を仕替ゆることは人々の仕慣れたる筋を引換ゆることなれは人々心赴むき難きことなり、騒動に成りて世界愈々困窮になり行く、先の善き事は持ち難かるへし、唯々当分世界の甚た久く賑ふことを執行はすんはあるへからす、当時如何様のことをして世界を賑はすへきと工夫するに、銭を鋳るに若くはなかるへし、
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『講孟余話』滕文公上 第三章余をして横渠の時に生れしめば、必ず此の事を成さん者をと思へども、幽明道遥かにして詮方なし。況や今囹圄の囚となり、志ありと云へども遂ぐべき様なし。徒に横渠の説を読みて感涙胸を沽すのみ。但し横渠の説は田を画し井となすか最も用意の所と見えたり。仁政は経界より始まるとあれば、此の事固より要務にはあるべけれど、是れは法制に係りたることにて、万一人情に合し土俗に宜からぬことあれば、大いに民間を擾乱するに至る。故に夫れよりは此の一節に云ふ所の実を主として行ひ度きことなり。
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『政談』制度の事右の如く衣服等の制度を定めんにはかはり目のきわ境なくては叶はさること也、先つ東照宮へ御告あるへきことなり、日光御社参を仰せ出され、二年三年も前より御供廻の装束、諸大名の参詣の装束此度は斯の如くあるへしと号令ありて篤と支度させ、夫より直に平日に用ゆるやうに有りたきことなり、右一同上下仕換ゆることなれは、我人悪しきと、又例の手くせを出し利をまうけんとたくむへけれは、其の手当あるへきこと也、右の如く武家の制度を委細に立つること倹約の至極なれとも、諸事を新たに仕換ゆることなれは、当時困窮したる世界にては次第なく急にはなりかたかるへし、只先つ道中幷に御城下は幾何の供廻りを減少し、諸大名は江戸詰の家来を少くし、銭を鋳、貸借の道を開き、御旗本の諸士家中の武士のことは先つ其の儘にし置き、諸事の簡易に取捌くはかりにして最初に町人百姓と武家との差別を急度立つへきことなり、一切の事大そうなる事は先つ粗を立てゝ後に細にするときは仕よきものあり、前後緩急のついでとはこれを云ふなり、
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人物志・利害法家の業は、制度に本づき、成功を待ちて効あり。其の道は口を前にして治を後にし、厳にして衆の為にす。故に其の未だ達せざるや、衆人の忌む所と為り、已に試みらるるや、上下の憚る所と為る。
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『格言聯璧』從政類・多事の門を開くこと莫かれ大いに民に益有るに非ずんば、則ち輕々しく舉ぐること莫かれ。情に通ずべき有らば、舊有る者を將て、過ぎて裁抑して以て寡恩の怨を生ずること莫かれ。事已むを得るに在らば、舊無き者を將て、妄りに增設して以て多事の門を開くこと莫かれ。 前人為る者は、譽を干め情を矯めて、一切常にすべからざるの法を立てて、以て後人を難ましむること無かれ。
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