導師導古典を学びたいすべての人に

政談 / 貸借の道の事

殊に人の身上と云ふもの一年の暮しを算用仕つめてすれは大抵は暮方もあれとも、人界には不時の物入といふことありて亦その算用に及ぬものなり、特に餘りを以て足らさるをたすこと天地自然の道理なるもの、貸借と云ふことは古聖人の御代よりも之あることにて、此の道塞かること道理に背きたること也、唯々近年さばきの仕にくらひ大かたは相對になりたること奉行御役人の手前勝手とや云ふへき、惣して人の爭ひは財物より起る、夫を聽くことは爭を巳むる道なれは、貸借の公事を聽く事是亦古より政務に之あることなりと國禮にも見えたることなり、然るを相對にしてさばかぬやうすることは世界を治る人なきか如し、以ての外の僻事と云へし、

新字:殊に人の身上と云ふもの一年の暮しを算用仕つめてすれは大抵は暮方もあれとも、人界には不時の物入といふことありて亦その算用に及ぬものなり、特に余りを以て足らさるをたすこと天地自然の道理なるもの、貸借と云ふことは古聖人の御代よりも之あることにて、此の道塞かること道理に背きたること也、唯々近年さばきの仕にくらひ大かたは相対になりたること奉行御役人の手前勝手とや云ふへき、惣して人の争ひは財物より起る、夫を聴くことは争を巳むる道なれは、貸借の公事を聴く事是亦古より政務に之あることなりと国礼にも見えたることなり、然るを相対にしてさばかぬやうすることは世界を治る人なきか如し、以ての外の僻事と云へし、

書き下し

殊に人の身上と云ふもの一年の暮しを算用仕つめてすれは大抵は暮方もあれとも、人界には不時の物入といふことありて亦その算用に及ぬものなり、特に余りを以て足らさるをたすこと天地自然の道理なるもの、貸借と云ふことは古聖人の御代よりも之あることにて、此の道塞かること道理に背きたること也、唯々近年さばきの仕にくらひ大かたは相対になりたること奉行御役人の手前勝手とや云ふへき、惣して人の争ひは財物より起る、夫を聴くことは争を巳むる道なれは、貸借の公事を聴く事是亦古より政務に之あることなりと国礼にも見えたることなり、然るを相対にしてさばかぬやうすることは世界を治る人なきか如し、以ての外の僻事と云へし、

現代語訳

ことに人の暮らし向きというものは、一年の暮らしを計算し尽くしてやれば、たいていはやりくりもできるが、人の世には不時の出費ということがあって、その計算に及ばないものである。とりわけ、余りで足りないところを補うのは天地自然の道理であり、貸し借りということは古の聖人の御代からあることであって、この道が塞がるのは道理に背いたことである。ただ近年、裁きがしにくいので、たいていは相対としたことは、奉行や役人の手前勝手というべきであろう。総じて人の争いは財物から起こる。それを聴いて裁くことは争いをやめさせる道であるから、貸借の訴訟を聴くこともまた古から政務のうちにあったことだと、国の礼法の書にも見えている。それなのに相対にして裁かないようにすることは、世の中を治める人がいないのと同じである。もってのほかの間違いというべきである。

解説

前段に続き、貸借訴訟を当事者任せにした幕府の姿勢を「奉行役人の手前勝手」と厳しく批判する。人の暮らしには計算外の出費がつきもので、余りある者が足りない者に貸すのは天地自然の道理であり、聖人の世から続く営みだと徂徠は言う。争いの多くは財物から起こり、それを裁くことこそ政治の本務であって、裁かないのは治める者がいないのと同じだという。現代の組織でも、面倒なもめ事を「現場同士で解決して」と放置する管理職は少なくない。紛争を受け止める仕組みを持つことは統治者の責任である。

この章句が説くこと

貸借争い裁判政務政談役人

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る