政談 / 金銀錢員數減少する仔細の事
一つには錢の員數少なくならすとも、元祿以後取り分け商人田舍の末々山の奧迄も行きわたるによりて、金銀も錢も田舍へ多く成りゆきたるなり、金銀は旅に自由に持たるゝ故遠方よりも早く歸ることなれとも、錢は重きものにて旅て所持するに不便利なるもの成る上に、田舍まて商人行きわたりて田舍のものとも今は物を買ふことを知りたれは、不斷の小用は錢にて足らぬことなる故、錢は皆他の所々に滯ふりて御城下へは返り難きことなり、是によりて錢の員數減少せすとも、商人の廣く行きわたる程錢引張りたらぬ道理にて不足することなり、二つには實に減少したることあり、松平伊豆守佛の大慈悲をよく會得して、大佛を鑄崩して錢に吹きたるを、後生願ふものともの勿躰なきことなりとてその錢を見當り次第拾ひ集めて佛像を鑄、或は鐘を鑄るたゝらの內へ入れて今は大方なくなりたり、ふだんの大佛錢は熙書に變りありて見分のなる故なり、その外火事にも燒け、又湯殿山の水中へも投入れ、淺間山の火の中へも投入れ、六道錢とて地中に埋むも積りて莫大なるへけれは、實にも減少したるなるへし、
新字:一つには銭の員数少なくならすとも、元禄以後取り分け商人田舎の末々山の奥迄も行きわたるによりて、金銀も銭も田舎へ多く成りゆきたるなり、金銀は旅に自由に持たるゝ故遠方よりも早く帰ることなれとも、銭は重きものにて旅て所持するに不便利なるもの成る上に、田舎まて商人行きわたりて田舎のものとも今は物を買ふことを知りたれは、不断の小用は銭にて足らぬことなる故、銭は皆他の所々に滞ふりて御城下へは返り難きことなり、是によりて銭の員数減少せすとも、商人の広く行きわたる程銭引張りたらぬ道理にて不足することなり、二つには実に減少したることあり、松平伊豆守仏の大慈悲をよく会得して、大仏を鋳崩して銭に吹きたるを、後生願ふものともの勿体なきことなりとてその銭を見当り次第拾ひ集めて仏像を鋳、或は鐘を鋳るたゝらの内へ入れて今は大方なくなりたり、ふだんの大仏銭は熙書に変りありて見分のなる故なり、その外火事にも焼け、又湯殿山の水中へも投入れ、浅間山の火の中へも投入れ、六道銭とて地中に埋むも積りて莫大なるへけれは、実にも減少したるなるへし、
書き下し
一つには銭の員数少なくならすとも、元禄以後取り分け商人田舎の末々山の奥迄も行きわたるによりて、金銀も銭も田舎へ多く成りゆきたるなり、金銀は旅に自由に持たるゝ故遠方よりも早く帰ることなれとも、銭は重きものにて旅て所持するに不便利なるもの成る上に、田舎まて商人行きわたりて田舎のものとも今は物を買ふことを知りたれは、不断の小用は銭にて足らぬことなる故、銭は皆他の所々に滞ふりて御城下へは返り難きことなり、是によりて銭の員数減少せすとも、商人の広く行きわたる程銭引張りたらぬ道理にて不足することなり、二つには実に減少したることあり、松平伊豆守仏の大慈悲をよく会得して、大仏を鋳崩して銭に吹きたるを、後生願ふものともの勿体なきことなりとてその銭を見当り次第拾ひ集めて仏像を鋳、或は鐘を鋳るたゝらの内へ入れて今は大方なくなりたり、ふだんの大仏銭は熙書に変りありて見分のなる故なり、その外火事にも焼け、又湯殿山の水中へも投入れ、浅間山の火の中へも投入れ、六道銭とて地中に埋むも積りて莫大なるへけれは、実にも減少したるなるへし、
現代語訳
一つには、銭の数が少なくならなくても、元禄以後とりわけ商人が田舎の末々、山の奥まで行き渡ったことによって、金銀も銭も田舎へ多く流れていったのである。金銀は旅に自由に持ち歩けるので遠方からも早く戻ってくるが、銭は重いもので旅で持ち歩くには不便なものであるうえに、田舎まで商人が行き渡って、田舎の者たちも今は物を買うことを覚えたので、ふだんの小さな用は銭でなくては足りないから、銭はみな他の所々に滞って御城下へは戻りにくいのである。これによって、銭の数が減らなくても、商人が広く行き渡るほど銭が行き渡らない道理で不足するのである。二つには、本当に減少したこともある。松平伊豆守が仏の大慈悲をよく会得して、大仏を鋳つぶして銭に吹いたのを、後生を願う者たちがもったいないことだと言って、その銭を見つけ次第拾い集めて仏像を鋳たり、あるいは鐘を鋳るたたらの中へ入れたりして、今はおおかたなくなった。ふだん見る大仏銭は文字に違いがあって見分けがつくからである。そのほか火事にも焼け、また湯殿山の水中へも投げ入れ、浅間山の火の中へも投げ入れ、六道銭として地中に埋めるのも、積もれば莫大であろうから、本当に減少したのであろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事偖銭の直段のこと慶長の頃は一両に四貫文なりと承はる、其銭国々へ行き亘りて段々不足する故、松平伊豆守大仏を鋳崩して銭とするより銭の員数殖えてこの三四十年以前は一両に五貫文したり、元禄の頃より復た四貫文になる、正徳の末に一歩に六七百文したるは、乾金の吹き直しなるへきことを知りて、損をすましきために、急に上けたることなれは、商人の私にて銭の員数によりてのことにてはなきなり、今また一両に四貫文の内外になりて、夫より下へ下らぬこと是れ銭の減少したる筋あり、其道理二つあり、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事然るを今金銀半分の内に減り、慶長の昔に帰れとも、世界の奢り風俗の常となりたる所は慶長の頃と遥かに異なり、殖たる竈も昔に帰らされは、人々半身代になりて世界困窮なる筈のことなるを、世界は善くなる筈のことと云ふは世界の全体の姿を知らぬ愚眼とも云へし、諸色の高直に成りたるは全く元禄の時金銀に歩を入れて金銀の位悪くなる故に高直になりたるにもあらす、又た金銀の員数殖えたる故に高直に成りたるにもあらす、元来旅宿の境界に制度なき故世界の商人盛に成るより事奢りて様々のことを取交せて次第〳〵に物の直段高くなりたる上に、元禄に金銀殖えたるより人々奢り益々盛になり、田舎まても商人行き亘り諸色を用ゆる人益々多くなる故、益々高直に成りたるなり、左様に成りたる世の有様をは其儘に仕置きて当時金銀ばかりを半減になしたる故、世界半身代に成と金銀引張り足らす、之によりて世界困窮したること明かなり、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事然るを銭の員数少くなれは銭の位貴くなる故、金銀もそれに連れて貴しと云ふ人あれとも、其は物の情を全く知らぬ人にて、是非を変乱する利口の侫人なり、総して直段の至極に下直なるは銭一文に売ることにて之より下直なる物はなし、銭少なくなりて貴きとて一文を二つにも三つにも割りては遣はれぬものなり、故に銭をは至極の賤しきものに極めて、是れを土台にして金銀の威光働きの強き弱きは見ることなり、右の道理なる故銭を夥しく出すときは金銀の半減に成りたるは左まて苦にはならぬことなり、されとも銭を鋳殖したるばかりにて旅宿の境界を改めす、制度を立てすんは当分は世界湿ふやうなるへけれとも、唯々元禄金銀を其儘に手を付けす矢張り置きたる心持なる故、世界の奢り復た盛になりて果ては又困窮になるへきなり、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事偖銭を夥く鋳出たさんには、当時長崎の金高つまりて銅を異国へくたさるゝことなれは、銅払底にて差支あるへし、総体銅の払底になりたるに仔細あり、此の三四十年このかた御城下は勿論、田舎の末々まて小寺小院にも鐘を鋳さるはなし、六十余州を詮識ぜは莫大の銅なるへし、小さき仏像其の数も夥しくなりたり、仏像も余りに夥しくなれは信仰は次第に薄くなることなれは、仏法のためにも宜しからさることなり、特に鐘の功徳と云ふは人の眠りを醒し、六時勤行の時を教へ、十二時の移り行くを知らせて無常を観するたよりとし、又大叢林にては峰々谷々の衆僧を呼集むる用事の為に鐘をつることなり、然るに鐘楼もなき小寺小院のつく人さへもなきに、旦那を勧進して鐘を楼下につり置きたるは何のため成るぞや、つかぬ鐘に声なし、声なくて功徳のあるへきやうなし、真に無用のものなり、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事偖銭は道中を運ふこと不便利なるものなる故大名の城下々々にても心儘に鋳さすへきことなり、異国にても銭は国々にて鋳て其の国の名を裏方に付けたることなり、偖又湯殿浅間の麓にて紙銭を売せて之を投入さすへし、されは別当の為めには成りて世間の実消失せまし、古より僧には金銀米銭を供し、仏神に直に供するは紙銭を用ゆること古法なり、是はあの方に御用なきものなれとも、此方の誠を表はすためはかりなれはなり、今は天台宗の儀式に紙銭あるなり、又死人の棺へ入るゝも紙銭なるへし、聖人の法にも、明器とて人の用に立たぬものを棺の内へは入るゝことなる故、異国は皆斯の如し、右の如く法を立ては銭の減少することは以来は少かるへし、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事寛文の中頃よりはや世界そろ〳〵と軽くなる筋に赴きけると見えて、伊丹播磨守御勘定頭したりしとき私かにねんころにしたる人にささやきたりしは、公儀の御使用入るを量りて出るを考ふるに、最早出る方多く成りて、御蔵の金を毎年一二万両ほとつゝ足すなり、御代久しく伝りたる後は御使人難義を致すへしと申したりしことを父の語りし、是より御くらひたものあきたる故にや、御先々前御代のとき日光御社参のこと両度迄仰出されたりしかとも、御物入りの所にて差支へて事やむ、されども終に御社参なきことを御気の毒に思召れて御役人に普ねく了簡を申し上けしむるとき、荻原近江守御社参の上に御上洛有りても御物入りに手支へあるましき愚按あるとな申し立てゝ、元禄金銀吹改めて御蔵に金満ちたり、程なく大地震にて御蔵の金皆御普請に入り、その金民間に擴かり、民間に金多くなる故人深く奢り商人深利を得、一人の身一軒の家にても物入りの品多くなり、又竈の数一軒は二軒に殖え行けは四軒五軒に殖えたり、御城下の端〳〵に家居建続きたること、又田舎の末々迄商人一面に行き亘りたること、某し覚えても元禄以後のことなり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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