政談 / 金銀錢員數減少する仔細の事
一事を擧げて云はゝ奴僕のたぐひの給金高直に成りたり、彼か暮しを詮議するに伽羅の油髻結を整へ、刻煙草を買ひ請人に判錢を出し、口入に口入錢を出し、まこと久しくすみかねて宿に久しく居れは宿拂を出すに、諸色高直なる故是も多し、奉公の內布子帷子を着るに、是亦昔よりは直段高し、酒屋に樽拾ひ御用と云ふ者ありて、下々酒を整ふる自由なる故、寒氣を防くために整へて飮む、この類の物入り引落して見れは取たる給金にては足らぬほとなり、此五六十年以前はきやらの油付たることもなし、髻結は手前にて搓り、或は主人の下を用ゆ、刻煙草世間に無く、葉煙草を整ふる故價半より內なり、判錢も僅かのことなり、口入錢と云ふことはなし、宿拂も高くなし、衣類も安し、樽拾と云ふものもなければ酒を飮むこと不自由なり、此等を見れは下々一人の身の上にても物入り多き世界になりたり
新字:一事を挙げて云はゝ奴僕のたぐひの給金高直に成りたり、彼か暮しを詮議するに伽羅の油髻結を整へ、刻煙草を買ひ請人に判銭を出し、口入に口入銭を出し、まこと久しくすみかねて宿に久しく居れは宿払を出すに、諸色高直なる故是も多し、奉公の内布子帷子を着るに、是亦昔よりは直段高し、酒屋に樽拾ひ御用と云ふ者ありて、下々酒を整ふる自由なる故、寒気を防くために整へて飲む、この類の物入り引落して見れは取たる給金にては足らぬほとなり、此五六十年以前はきやらの油付たることもなし、髻結は手前にて搓り、或は主人の下を用ゆ、刻煙草世間に無く、葉煙草を整ふる故価半より内なり、判銭も僅かのことなり、口入銭と云ふことはなし、宿払も高くなし、衣類も安し、樽拾と云ふものもなければ酒を飲むこと不自由なり、此等を見れは下々一人の身の上にても物入り多き世界になりたり
書き下し
一事を挙げて云はゝ奴僕のたぐひの給金高直に成りたり、彼か暮しを詮議するに伽羅の油髻結を整へ、刻煙草を買ひ請人に判銭を出し、口入に口入銭を出し、まこと久しくすみかねて宿に久しく居れは宿払を出すに、諸色高直なる故是も多し、奉公の内布子帷子を着るに、是亦昔よりは直段高し、酒屋に樽拾ひ御用と云ふ者ありて、下々酒を整ふる自由なる故、寒気を防くために整へて飲む、この類の物入り引落して見れは取たる給金にては足らぬほとなり、此五六十年以前はきやらの油付たることもなし、髻結は手前にて搓り、或は主人の下を用ゆ、刻煙草世間に無く、葉煙草を整ふる故価半より内なり、判銭も僅かのことなり、口入銭と云ふことはなし、宿払も高くなし、衣類も安し、樽拾と云ふものもなければ酒を飲むこと不自由なり、此等を見れは下々一人の身の上にても物入り多き世界になりたり
現代語訳
一つの事を挙げて言えば、奉公人の類の給金が高くなった。彼らの暮らしを調べてみると、伽羅の油(髪油)や元結を買い、刻み煙草を買い、請人(保証人)に判銭を出し、口入れ屋に口入れ銭を出し、まことに長く奉公が続かずに宿に長くいれば宿代を払うが、諸物が高いのでこれも多い。奉公の間に布子や帷子を着るが、これもまた昔より値段が高い。酒屋に樽拾いの御用聞きという者がいて、下々も酒を買うのが自由なので、寒さを防ぐために買って飲む。この類の出費を差し引いてみれば、取った給金では足りないほどである。この五六十年前は伽羅の油を付けることもなく、元結は自分でよったり、主人のお下がりを用いたりした。刻み煙草は世間になく、葉煙草を買うので値段は半分以下であった。判銭もわずかなことで、口入れ銭ということはなかった。宿代も高くなく、衣類も安い。樽拾いという者もいないので、酒を飲むのは不自由であった。これらを見れば、下々一人の身の上でも物入りの多い世の中になったのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『政談』諸色直段の事諸色の直段のことは近年上の御世話にて少々は下直なるやうになれとも、其の取捌き根本諸色の直段年を逐て段々に高直に成る謂れあり、是に立入らさる時は皆当分の策略にて何の用に立たさることなり、只今金の員数元禄金乾金の時分の半分に减し、銀は四つ宝のときの三分一なり、されは諸色の直段元禄金乾金の時分の半分より内に下されば未た本の位にあらす、此四五十年以前に比すれは多くは十倍二十倍なり、されは世界の困窮尤のことにて之を下くる道を吟味せすして叶はさることなり、
-
『政談』諸色直段の事其下直にする道を知ることは先つ高直に段々成りたる謂れを知らずしては手段をすへきやうなし、偖其物の直段の段々に高直になりたる仔細一品にあらす様々の謂あり、先つ第一には国々より出る諸物多くは其地頭へ運上を取るに、請負の者直段を次第に糶上けて手前に糶落す事故物の直段次第に高直になるなり、其運上は其大名の使ひ料となり、又は借金の方へ振向けてあり、さるによりて当時諸大名既に困窮したる上は愈々直段下り難きなり、之を避くる仕方甚た難し、
-
孫子・作戦篇師に近き者は貴く売る。貴く売れば則ち百姓財竭き、財竭くれば則ち丘役に急なり。
-
『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事百工のわさに付き御当地京都大坂なとにては成かたきことも有へし、某唐紙唐筆にてなけれは物書れぬ故諸方を承り合はせ、日本の内にても唐紙をすき唐筆をゆふ人ありやと尋ね求むるに、唐紙この以前大坂にてすき出したれとも物入り多き故商売にならぬとて止めたりと承はる、唐筆は弟子ともの内に能く差図をしてゆはする者あれとも是も工手間掛りて損なりとてゆはす、活版と云ふ者調法なるものなれとも、是亦御当地なとにては工手間かゝる故版をほるよりは却て損なり、石摺も真の仕方は工手間かゝる故成りがたし、織物のたぐひを京都にて織出せとも是も唐の如くすれはもの入多き故、何も薄く織出して唐には劣る、是皆店賃高く諸色高直なる故何事も〳〵掛りもの多くなりて善きものは出来ぬ、
-
『玉勝間』一の巻 むかしは銭すくなかりし事おなじ書に、上品八丈絹六匹、代百廿文(各廿文)紺布二反、(無文)代四文とあり。むかしは銭のいといとすくなかりし程、これにて知るべし。また同書に、工藤庄司景光、佐与美の水干を着す、と云うこと見ゆ。今の世に、布に細目と云うがあるは、このさよみの訛れる名なるべし。
-
『政談』諸色直段の事又御城下の宿賃甚た高直なる故諸商人皆之を利倍の算用に入るゝによりて直段下らぬなり、某か祖父伊勢の国に先祖の手作りしたる田地ありて、夫を売て僅に五十両にて整へたる町屋敷其後父か代に人に売りたるか、此二十年程以前には二千両の売替になりたりと承はる、右祖父の整へたるときは天草より余程前のことなれは八十年計以前の事なり、斯の如くにて宿賃四千倍の上になりたれは物の直段高直なる事尤のことなり、此下かる仕方心得あるへし、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る