政談 / 金銀錢員數減少する仔細の事
偖又金銀の員數を元祿の頃に比すれは半分より內になりたれとも、慶長の昔に返る故慶長の頃の如く世も過きやすき筈のことなり、金銀の性善くなりたれは諸色も下直になる筈のことなれとも、町人のいたづらにて諸色の直段を下けたと云ふ人あれとも、是亦世界の有樣を知らぬ人の云たることなり、慶長の頃より今日に至りては既に百年に及ふ、其時よりは段々に世上の人高下貴賤に限らす人々の身持ち、家の暮し覺えず奢りになり、今は又其奢り世の風俗となりて世界の常と成る故之をやむへきやうなし、其仔細は前に云ひたる如く、元來制度なきより起りて、人々の暮しに物入り多くなりたり、
新字:偖又金銀の員数を元禄の頃に比すれは半分より内になりたれとも、慶長の昔に返る故慶長の頃の如く世も過きやすき筈のことなり、金銀の性善くなりたれは諸色も下直になる筈のことなれとも、町人のいたづらにて諸色の直段を下けたと云ふ人あれとも、是亦世界の有様を知らぬ人の云たることなり、慶長の頃より今日に至りては既に百年に及ふ、其時よりは段々に世上の人高下貴賤に限らす人々の身持ち、家の暮し覚えず奢りになり、今は又其奢り世の風俗となりて世界の常と成る故之をやむへきやうなし、其仔細は前に云ひたる如く、元来制度なきより起りて、人々の暮しに物入り多くなりたり、
書き下し
偖又金銀の員数を元禄の頃に比すれは半分より内になりたれとも、慶長の昔に返る故慶長の頃の如く世も過きやすき筈のことなり、金銀の性善くなりたれは諸色も下直になる筈のことなれとも、町人のいたづらにて諸色の直段を下けたと云ふ人あれとも、是亦世界の有様を知らぬ人の云たることなり、慶長の頃より今日に至りては既に百年に及ふ、其時よりは段々に世上の人高下貴賤に限らす人々の身持ち、家の暮し覚えず奢りになり、今は又其奢り世の風俗となりて世界の常と成る故之をやむへきやうなし、其仔細は前に云ひたる如く、元来制度なきより起りて、人々の暮しに物入り多くなりたり、
現代語訳
さてまた、金銀の数を元禄の頃と比べれば半分以下になったけれども、慶長の昔に返るのだから、慶長の頃のように世の中も暮らしやすいはずだ、金銀の質が良くなったのだから諸物も安くなるはずなのに、町人のいたずらで諸物の値段を下げないのだ、と言う人があるが、これもまた世の中の有り様を知らない人の言ったことである。慶長の頃から今日に至るまで、すでに百年に及ぶ。その時からは段々に、世間の人は上下貴賤に限らず、人々の身の持ち方、家の暮らしが知らず知らず奢りになり、今はまたその奢りが世の風俗となって世の常となっているので、これをやめさせようがない。そのわけは前に言ったとおり、もともと制度がないことから起こって、人々の暮らしに物入りが多くなったのである。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。
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