政談 / 御旗本諸士の困窮を救ふ事
某唐筆弓の仕やうを人に敎へさせたるに、書籍にある通りに成るほと出來て弓の力も隨分に强く善けれども、御當地にてする故にもの入り夥し、又手間とる故商人なとは仲々すましきなり、弩弓をさせたるに是も書藉にあるやうに能く出來れとも、御當地に善き竹なし、竹なども愚かなる商人の己れか渡世利倍を第一としてたやすく賣らるゝもの許りを御當地へ持ち來る故、遠國には樣々の竹あるべけれとも詮方なし、笙なとも竹なくて細工なりかたし、此たぐひの事も武家たる人田舍に住みてものを仕立つる心あらは、異國古のものも今復た世界に多く出來すべきこと也、
新字:某唐筆弓の仕やうを人に教へさせたるに、書籍にある通りに成るほと出来て弓の力も随分に強く善けれども、御当地にてする故にもの入り夥し、又手間とる故商人なとは仲々すましきなり、弩弓をさせたるに是も書藉にあるやうに能く出来れとも、御当地に善き竹なし、竹なども愚かなる商人の己れか渡世利倍を第一としてたやすく売らるゝもの許りを御当地へ持ち来る故、遠国には様々の竹あるべけれとも詮方なし、笙なとも竹なくて細工なりかたし、此たぐひの事も武家たる人田舎に住みてものを仕立つる心あらは、異国古のものも今復た世界に多く出来すべきこと也、
書き下し
某唐筆弓の仕やうを人に教へさせたるに、書籍にある通りに成るほと出来て弓の力も随分に強く善けれども、御当地にてする故にもの入り夥し、又手間とる故商人なとは仲々すましきなり、弩弓をさせたるに是も書藉にあるやうに能く出来れとも、御当地に善き竹なし、竹なども愚かなる商人の己れか渡世利倍を第一としてたやすく売らるゝもの許りを御当地へ持ち来る故、遠国には様々の竹あるべけれとも詮方なし、笙なとも竹なくて細工なりかたし、此たぐひの事も武家たる人田舎に住みてものを仕立つる心あらは、異国古のものも今復た世界に多く出来すべきこと也、
現代語訳
私が唐筆や弓の作り方を人に教えさせたところ、書物にあるとおりに見事にでき、弓の力もずいぶん強くて良いものだったが、御当地(江戸)でするので費用がおびただしい。また手間がかかるので、商人などはなかなかしないであろう。弩(いしゆみ)を作らせたところ、これも書物にあるとおりによくできたが、御当地には良い竹がない。竹なども、愚かな商人が自分の渡世の利益を第一として、たやすく売れるものばかりを御当地へ持って来るので、遠国にはさまざまな竹があるだろうに、どうしようもない。笙なども竹がなくて細工ができない。この類のことも、武家である人が田舎に住んで物を仕立てる心があれば、異国や古のものも今ふたたび世に多く作り出せるはずである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事百工のわさに付き御当地京都大坂なとにては成かたきことも有へし、某唐紙唐筆にてなけれは物書れぬ故諸方を承り合はせ、日本の内にても唐紙をすき唐筆をゆふ人ありやと尋ね求むるに、唐紙この以前大坂にてすき出したれとも物入り多き故商売にならぬとて止めたりと承はる、唐筆は弟子ともの内に能く差図をしてゆはする者あれとも是も工手間掛りて損なりとてゆはす、活版と云ふ者調法なるものなれとも、是亦御当地なとにては工手間かゝる故版をほるよりは却て損なり、石摺も真の仕方は工手間かゝる故成りがたし、織物のたぐひを京都にて織出せとも是も唐の如くすれはもの入多き故、何も薄く織出して唐には劣る、是皆店賃高く諸色高直なる故何事も〳〵掛りもの多くなりて善きものは出来ぬ、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事商人も知らす夫を取りさばく御役人もしらす、功者と云ふは唯々御城下にて左様なることを仕馴たるまてなり、其上に立つ御役人は只金の多く入らぬ了簡と目付を付て邪推を廻して下に私をさせましきとする迄の事にて、自身は何も知らぬ故畢竟の所商人にだまされて御城下の普請益々悪くなり其の損云ふばかりなし、昔の大工は家に巻物を伝へて堅く法を守るに、当時の大工は渡世に追はれ少しも細工を多く受取んとする、大工も次第に下手になりて家居も早く損するなり、器物も亦斯の如し、某か家に父方の曽祖母の伊勢にて拵へ置たる朱塗の碗家具あり、祖父より父へ伝へ父より伝はりて今にあり、百年に余れども朱色も変ることなく疵も付かす、その丈夫なること甚し、某田舎にて百姓の重箱なと拵ゆるを見たるに、塗師も不自由なり、塗師一人にて上総の国中を方々雇れ歩きて細工するなり、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事商人高直に云ふも是亦詮方なし、かけを兼て済さねば商人亦半分は廃ると了簡して直段を益上くる、借金をするも急の間を合はせんとする故のことなれば、高利に構はす家居器物まて皆斯の如し、田舎の家作は山にて木を伐り枯らし置きて大工を呼寄せ幾日もかゝりて建つる故丈夫にて年久しくこたゆるに、御城下は何も〳〵御城下の町にて買ひ調へ例の「セワシナキ」風俗にて急に建つることと主人もその家のをとなも何もしらす商人任せなり、年久しく出入する大工に積らすれは夫の大工も己れか家を建たることは終に之なく人の家を建たるはかりの功者なり、己れか取付けの材木屋にて積り貰ひて間を合はせる故何もかも皆商人任せなり、其商人と云ふも御城下の商人なれはものゝ出所の功者もなし、唯御城下にて売買の上の功者はかりなり、これによりて公儀の請負等するも畢竟皆本をしらぬものゝ取捌きなり、
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『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事御旗本の諸士の困窮を直すこと前に段々云たる如く、知行所に置て旅宿の境界を改むると制度を立るとにて困窮は直るへし、但し知行所に差置に付ては所を賑はす心得あるへきなり、某久しく田舎に住みて見、又其後も田舎より来る人の話を聞くに、百姓は愚かなる者にて所にて前より仕きたらさることをはさりとはせぬものなり、是は其地頭より下知して或は桑を植ゑて蠶をさせ、或は麻を植ゑ、漆を植ゑ、楮を植ゑ、総して山を立させ、何に付きても地の利を見立てゝ所を賑はすやうなる仕方あるへし、古より民の治めに勧農と云ふことのあるは此事なり、水戸の義公水戸にて紙をすかせ、茶を樹させ、海境の川に海苔を仕付け、白魚を蒔き、種々のことを仰せつけられて昔は水戸になき物今は出つるなり、又亀井隠岐守か家老の了簡にて先年石見に木の曲り多きを考へ、鞍打を呼寄せ鞍を打せ、夫より津和野より鞍出来し、隠岐守諸方へ音信にも之を用ゆ、箇様なるたぐひの事いくらも有て民の為め地頭の為め賑ひになるへきなり、
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『政談』諸色直段の事されとも是等は末のことなり、末に取つきては仲々商人の智恵には及ひかたし、畢竟する所皆武家旅宿の境界より出たる悪弊なる故、其本に返りて武家の皆々土に有り付置て、初巻に記したる米をしむる一術を用ひは、商人の勢ひ忽に哀て物の直段は心の儘に成へし、然れは畢竟物の直段高きも旅宿と制度なきとの二つに帰することなり、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事ぬき穴の内をふらに掘り、貫を少し太く削りて敲きひしき、差込む故楔入らす、年を経て雨風にあたる故たゝきひしきたる所濡れて脹れ柱も貫も毫髪の透間なく、一つの木の如くなり其丈夫云ふはかりなし、飛驒の「たくみ」は楔一本にて緊ると云ふ此のことなり、武家知行所に居住すれは諸事皆斯の如く不自由なる故人の心たねく何ことも年を積り心掛を成就することなるに、御城下は自由便当なる上にせわしなく、急に間に合はする風俗にて、何ことも皆当座まかなひに事をする故上下の損失積りて云ふはかりなしと知るへし、斯の如く積りて夥しき損失成るを顧みさること、皆当分の間を合はせんとするより起りたることにて、畢竟金なけれは当分の間合はす、金にて急に物を買整へて間を合はせ今日は立つなれは、人々金を大切のものと思ひ入り商人を頼みて今日を送る境界なり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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