政談 / 當時世話敷風俗を改むへき事
ぬき穴の內をふらに掘り、貫を少し太く削りて敲きひしき、差込む故楔入らす、年を經て雨風にあたる故たゝきひしきたる所濡れて脹れ柱も貫も毫髪の透間なく、一つの木の如くなり其丈夫云ふはかりなし、飛驒の「たくみ」は楔一本にて緊ると云ふ此のことなり、武家知行所に居住すれは諸事皆斯の如く不自由なる故人の心たねく何ことも年を積り心掛を成就することなるに、御城下は自由便當なる上にせわしなく、急に間に合はする風俗にて、何ことも皆當座まかなひに事をする故上下の損失積りて云ふはかりなしと知るへし、斯の如く積りて夥しき損失成るを顧みさること、皆當分の間を合はせんとするより起りたることにて、畢竟金なけれは當分の間合はす、金にて急に物を買整へて間を合はせ今日は立つなれは、人々金を大切のものと思ひ入り商人を賴みて今日を送る境界なり、
新字:ぬき穴の内をふらに掘り、貫を少し太く削りて敲きひしき、差込む故楔入らす、年を経て雨風にあたる故たゝきひしきたる所濡れて脹れ柱も貫も毫髪の透間なく、一つの木の如くなり其丈夫云ふはかりなし、飛驒の「たくみ」は楔一本にて緊ると云ふ此のことなり、武家知行所に居住すれは諸事皆斯の如く不自由なる故人の心たねく何ことも年を積り心掛を成就することなるに、御城下は自由便当なる上にせわしなく、急に間に合はする風俗にて、何ことも皆当座まかなひに事をする故上下の損失積りて云ふはかりなしと知るへし、斯の如く積りて夥しき損失成るを顧みさること、皆当分の間を合はせんとするより起りたることにて、畢竟金なけれは当分の間合はす、金にて急に物を買整へて間を合はせ今日は立つなれは、人々金を大切のものと思ひ入り商人を頼みて今日を送る境界なり、
書き下し
ぬき穴の内をふらに掘り、貫を少し太く削りて敲きひしき、差込む故楔入らす、年を経て雨風にあたる故たゝきひしきたる所濡れて脹れ柱も貫も毫髪の透間なく、一つの木の如くなり其丈夫云ふはかりなし、飛驒の「たくみ」は楔一本にて緊ると云ふ此のことなり、武家知行所に居住すれは諸事皆斯の如く不自由なる故人の心たねく何ことも年を積り心掛を成就することなるに、御城下は自由便当なる上にせわしなく、急に間に合はする風俗にて、何ことも皆当座まかなひに事をする故上下の損失積りて云ふはかりなしと知るへし、斯の如く積りて夥しき損失成るを顧みさること、皆当分の間を合はせんとするより起りたることにて、畢竟金なけれは当分の間合はす、金にて急に物を買整へて間を合はせ今日は立つなれは、人々金を大切のものと思ひ入り商人を頼みて今日を送る境界なり、
現代語訳
貫穴の内側を平らに掘り、貫を少し太めに削って叩き締めて差し込むので、楔が要らない。年を経て雨風に当たるので、叩き締めた所が濡れて膨らみ、柱も貫も毛ほどのすき間もなく、一本の木のようになって、その丈夫なことは言いようもない。飛騨の「たくみ」は楔一本で締めるというのはこのことである。武家が知行所に住めば、何事もみなこのように不自由なので、人の心が長くなり、何事も年を積んで心掛けを成し遂げるものなのに、御城下は自由で便利な上にせわしなく、急に間に合わせる風俗で、何事もみなその場しのぎで事をするので、上下の損失が積もって言いようもないと知るべきである。このように積もっておびただしい損失となるのを顧みないのは、みな当座の間に合わせをしようとすることから起こったのであり、結局、金がなければ当座の間に合わせはできない。金で急に物を買い整えて間に合わせ、今日がしのげるならと、人々は金を大切なものと思い込み、商人を頼んで今日を送る境遇なのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事一所に二十日も三十日も居て又わきへ往き、乾きたる時節を考へて来りて蒔絵をする、其漆も別に買ひ整へ置きて擦らせ、下地をも兼て下拵へ置きたる故何もかも望のやうに拵へて丈夫なり、又御旗本の家に三河居住の時分娘の縁付きのため、其娘四五歳の時分より兼て心掛け毎年一色二色つゝ拵へ置きたる諸道具、某幼少の時まては遺りて有るを見たり、何も手前にて拵へたる物故其丈夫なること甚し、又上総国松ケ谷と云ふ村に釈迦堂あり、飛驒の「たくみ」か建てたると云ひ伝へり、棟札を見れは四五百年にもなるべし、飛騨の「たくみ」と云は総して飛驒の国より出てたる大工なり、其時分上総の国中に大工なし、飛驒大工上京して公役を勤むる者あり、国々を廻るもあり、先き〳〵にて普請を受取りて木取りを為し、夫より五里も十里もわきへゆき、段々先きより先きへ行き、右の最初受取りたる普請の木取り枯れたる時分に廻りて来て木を削り立て、篤と拵へて又わきへ行き篤と枯れたる時分に来る故一所の普請に二年三年も掛るなり、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事商人も知らす夫を取りさばく御役人もしらす、功者と云ふは唯々御城下にて左様なることを仕馴たるまてなり、其上に立つ御役人は只金の多く入らぬ了簡と目付を付て邪推を廻して下に私をさせましきとする迄の事にて、自身は何も知らぬ故畢竟の所商人にだまされて御城下の普請益々悪くなり其の損云ふばかりなし、昔の大工は家に巻物を伝へて堅く法を守るに、当時の大工は渡世に追はれ少しも細工を多く受取んとする、大工も次第に下手になりて家居も早く損するなり、器物も亦斯の如し、某か家に父方の曽祖母の伊勢にて拵へ置たる朱塗の碗家具あり、祖父より父へ伝へ父より伝はりて今にあり、百年に余れども朱色も変ることなく疵も付かす、その丈夫なること甚し、某田舎にて百姓の重箱なと拵ゆるを見たるに、塗師も不自由なり、塗師一人にて上総の国中を方々雇れ歩きて細工するなり、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事商人高直に云ふも是亦詮方なし、かけを兼て済さねば商人亦半分は廃ると了簡して直段を益上くる、借金をするも急の間を合はせんとする故のことなれば、高利に構はす家居器物まて皆斯の如し、田舎の家作は山にて木を伐り枯らし置きて大工を呼寄せ幾日もかゝりて建つる故丈夫にて年久しくこたゆるに、御城下は何も〳〵御城下の町にて買ひ調へ例の「セワシナキ」風俗にて急に建つることと主人もその家のをとなも何もしらす商人任せなり、年久しく出入する大工に積らすれは夫の大工も己れか家を建たることは終に之なく人の家を建たるはかりの功者なり、己れか取付けの材木屋にて積り貰ひて間を合はせる故何もかも皆商人任せなり、其商人と云ふも御城下の商人なれはものゝ出所の功者もなし、唯御城下にて売買の上の功者はかりなり、これによりて公儀の請負等するも畢竟皆本をしらぬものゝ取捌きなり、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事右に云ひたる如く自由便当なる御城下なる故、金さへあれば如何ほど火急なることも皆な間に合ふなり、其火急なるに乗して利を取んと商人共物を俄かに高直にすれとも、兎角間を合はせねばならぬこと故構はず、買調へて間を合はすること当時武家の風俗と成こと、左様に急なることにてなきをも何事も〳〵兼て心掛け支度することはなし、譬へは出掛て衣服を調ふるに袴の括り緒なし、足皮切れたりとて急に中間を走らかして町にて買立つる故高直なるを買ひ来りても其の頓着なく間に合ひたりと悦ふ、明日の出仕に下々の合羽見苦しと夜に成りて云へば、急に人を走らかして買ひ調ふるたくひ、何もかも急に弁ずるゆゑ事々に付物入り云ふはかりなし、間に合はねは主人以の外不機嫌になる故女房「をとな」なと相談して質を置きて間を合はせ主人に知らせず、主人知りても詮方なき故一切のものをかけに整ふる、
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『政談』武家旅宿の境遇を改むる事国に締を付けたること大概右の条々につくせり、されとも畢竟の所武家を知行所に置さるは締の至極にあらす、夫のみならす武道を再興し、世界の奢りを静め、武家の貧窮を救ふ仕方此の外更に有るへからす、先つ第一武家御城下に集り居るは旅宿なり、諸大名の家来も其の城下に居るを江戸に対して在所とはいへとも、是亦己か知行所にあらされは旅宿なり、其仔細は衣食住を初め木一本も買調へねはならぬ故旅宿なり、故に武家を御城下に差置ときは、一年の知行米を売払ふて夫にてものを買調へ一年中に使ひ切る故、勢を出して上へする奉公は皆御城下の町人のためになるなり、是に依りて御城下の町人盛になりて世界次第に悪しくなり、物の直段次第に高直になりて武家の困窮当時に至りては最早すへきやうなくなりたり、
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『政談』當時困窮を改むる道古三代の制度を考へ定むべき事金にて諸事のものを買調へねは一日も暮されぬこと故商人なくては武家は立たぬなり、諸事の物は皆商人の手にあるを夫を金を出して申し受て用を弁する事なる故、直段の押し引きは有れとも押し買はならす、畢竟直段は商人の申し次第なり、是れ武家にて旅宿の境界なる故、商人の利倍を得る事此百年以来ほと盛なることは天地開闢より異国にも日本にも之なし、其の仔細は書籍のをもて近くは長崎の唐物の直段にて知るゝことなり、御城下に聚り集ひて町の家居夥しくなり、北は千住南は品川まて立続くなるほとに、如何やうなることにても御城下にて手つかゆることなく、何程大層なることも忽ちの内に調ほりて自由便当云ふばかりなし、斯の如く御城下は諸事に付け自由なる所なる上に、せわしなき風俗と制度なきと此二つを知る故武家の輩米を貴ふ心無くなり、金を大切のものと思ひ、是よりして身上を皆商人に吸取れて武家日々に困究することなり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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