政談 / 當時世話敷風俗を改むへき事
商人高直に云ふも是亦詮方なし、かけを兼て濟さねば商人亦半分は廢ると了簡して直段を益上くる、借金をするも急の間を合はせんとする故のことなれば、高利に構はす家居器物まて皆斯の如し、田舍の家作は山にて木を伐り枯らし置きて大工を呼寄せ幾日もかゝりて建つる故丈夫にて年久しくこたゆるに、御城下は何も〳〵御城下の町にて買ひ調へ例の「セワシナキ」風俗にて急に建つることと主人もその家のをとなも何もしらす商人任せなり、年久しく出入する大工に積らすれは夫の大工も己れか家を建たることは終に之なく人の家を建たるはかりの功者なり、己れか取付けの材木屋にて積り貰ひて間を合はせる故何もかも皆商人任せなり、其商人と云ふも御城下の商人なれはものゝ出所の功者もなし、唯御城下にて賣買の上の功者はかりなり、これによりて公儀の請負等するも畢竟皆本をしらぬものゝ取捌きなり、
新字:商人高直に云ふも是亦詮方なし、かけを兼て済さねば商人亦半分は廃ると了簡して直段を益上くる、借金をするも急の間を合はせんとする故のことなれば、高利に構はす家居器物まて皆斯の如し、田舎の家作は山にて木を伐り枯らし置きて大工を呼寄せ幾日もかゝりて建つる故丈夫にて年久しくこたゆるに、御城下は何も〳〵御城下の町にて買ひ調へ例の「セワシナキ」風俗にて急に建つることと主人もその家のをとなも何もしらす商人任せなり、年久しく出入する大工に積らすれは夫の大工も己れか家を建たることは終に之なく人の家を建たるはかりの功者なり、己れか取付けの材木屋にて積り貰ひて間を合はせる故何もかも皆商人任せなり、其商人と云ふも御城下の商人なれはものゝ出所の功者もなし、唯御城下にて売買の上の功者はかりなり、これによりて公儀の請負等するも畢竟皆本をしらぬものゝ取捌きなり、
書き下し
商人高直に云ふも是亦詮方なし、かけを兼て済さねば商人亦半分は廃ると了簡して直段を益上くる、借金をするも急の間を合はせんとする故のことなれば、高利に構はす家居器物まて皆斯の如し、田舎の家作は山にて木を伐り枯らし置きて大工を呼寄せ幾日もかゝりて建つる故丈夫にて年久しくこたゆるに、御城下は何も〳〵御城下の町にて買ひ調へ例の「セワシナキ」風俗にて急に建つることと主人もその家のをとなも何もしらす商人任せなり、年久しく出入する大工に積らすれは夫の大工も己れか家を建たることは終に之なく人の家を建たるはかりの功者なり、己れか取付けの材木屋にて積り貰ひて間を合はせる故何もかも皆商人任せなり、其商人と云ふも御城下の商人なれはものゝ出所の功者もなし、唯御城下にて売買の上の功者はかりなり、これによりて公儀の請負等するも畢竟皆本をしらぬものゝ取捌きなり、
現代語訳
商人が高値を言っても、これもまた仕方がない。商人は、掛けをかねて済ませてもらえないのだから半分は損になると考えて、値段をますます上げる。借金をするのも急の間に合わせをしようとするからなので、高利に構わない。家屋や器物までみなこのようである。田舎の家作りは、山で木を伐って枯らしておき、大工を呼び寄せて幾日もかけて建てるので、丈夫で長年もつのに、御城下では何もかも御城下の町で買い整え、例の「せわしない」風俗で急に建てるので、主人もその家のおとなも何も知らず商人任せである。長年出入りする大工に見積もらせると、その大工も自分の家を建てたことはついになく、人の家を建てるばかりの巧者である。自分の取り付けの材木屋で見積もってもらって間に合わせるので、何もかもみな商人任せである。その商人というのも御城下の商人なので、物の出所に通じた者でもない。ただ御城下での売り買いの上の巧者にすぎない。これによって、公儀の請負などをするのも、結局はみな物の本(もと)を知らない者の取り計らいである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事商人も知らす夫を取りさばく御役人もしらす、功者と云ふは唯々御城下にて左様なることを仕馴たるまてなり、其上に立つ御役人は只金の多く入らぬ了簡と目付を付て邪推を廻して下に私をさせましきとする迄の事にて、自身は何も知らぬ故畢竟の所商人にだまされて御城下の普請益々悪くなり其の損云ふばかりなし、昔の大工は家に巻物を伝へて堅く法を守るに、当時の大工は渡世に追はれ少しも細工を多く受取んとする、大工も次第に下手になりて家居も早く損するなり、器物も亦斯の如し、某か家に父方の曽祖母の伊勢にて拵へ置たる朱塗の碗家具あり、祖父より父へ伝へ父より伝はりて今にあり、百年に余れども朱色も変ることなく疵も付かす、その丈夫なること甚し、某田舎にて百姓の重箱なと拵ゆるを見たるに、塗師も不自由なり、塗師一人にて上総の国中を方々雇れ歩きて細工するなり、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事右に云ひたる如く自由便当なる御城下なる故、金さへあれば如何ほど火急なることも皆な間に合ふなり、其火急なるに乗して利を取んと商人共物を俄かに高直にすれとも、兎角間を合はせねばならぬこと故構はず、買調へて間を合はすること当時武家の風俗と成こと、左様に急なることにてなきをも何事も〳〵兼て心掛け支度することはなし、譬へは出掛て衣服を調ふるに袴の括り緒なし、足皮切れたりとて急に中間を走らかして町にて買立つる故高直なるを買ひ来りても其の頓着なく間に合ひたりと悦ふ、明日の出仕に下々の合羽見苦しと夜に成りて云へば、急に人を走らかして買ひ調ふるたくひ、何もかも急に弁ずるゆゑ事々に付物入り云ふはかりなし、間に合はねは主人以の外不機嫌になる故女房「をとな」なと相談して質を置きて間を合はせ主人に知らせず、主人知りても詮方なき故一切のものをかけに整ふる、
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『政談』當時困窮を改むる道古三代の制度を考へ定むべき事金にて諸事のものを買調へねは一日も暮されぬこと故商人なくては武家は立たぬなり、諸事の物は皆商人の手にあるを夫を金を出して申し受て用を弁する事なる故、直段の押し引きは有れとも押し買はならす、畢竟直段は商人の申し次第なり、是れ武家にて旅宿の境界なる故、商人の利倍を得る事此百年以来ほと盛なることは天地開闢より異国にも日本にも之なし、其の仔細は書籍のをもて近くは長崎の唐物の直段にて知るゝことなり、御城下に聚り集ひて町の家居夥しくなり、北は千住南は品川まて立続くなるほとに、如何やうなることにても御城下にて手つかゆることなく、何程大層なることも忽ちの内に調ほりて自由便当云ふばかりなし、斯の如く御城下は諸事に付け自由なる所なる上に、せわしなき風俗と制度なきと此二つを知る故武家の輩米を貴ふ心無くなり、金を大切のものと思ひ、是よりして身上を皆商人に吸取れて武家日々に困究することなり、
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『政談』諸色直段の事又商人盛になれは商人の心は職人百姓とは違ひ素骨折らすして居なから利をまうくるものなるが、尚又上手になりて、商をもせすして唯々口米を取り渡世をする仕方を工夫して、その筋近比益々上手になり、仲間を立て党を組みもとしくと成りて居なからに渡世をせんとする故、掛り愈々莫大になりて物の直段下らぬなり、此所は商人の上の妙術なれは奉行御役人も其情に達せす、ほしめうそのこと背は未た初心にて其物を蔵へ買込て置きたる故其仔細知れ安し、今は物の出所へ金を前方より遣はし置て人に買せねは高く売へきも安く売へきも我心次第なれとも、未た高く売出さぬ内は唯々安く買ふへきため計りなりと外よりは見ゆるなり、或は甲州より葡萄を売に来る商人の直段を上けんとては五段も三段も谷へほかして弄ると云ふ、得を取るへきために損をするは極めて人の思ひ付かぬ了簡なり、皆商人至極に成たる故智恵に智恵を研きて大形垣の上に、上りつめたるは、諸色の直段を奉行の下知にて下ぐることは成かたかるへし、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事ぬき穴の内をふらに掘り、貫を少し太く削りて敲きひしき、差込む故楔入らす、年を経て雨風にあたる故たゝきひしきたる所濡れて脹れ柱も貫も毫髪の透間なく、一つの木の如くなり其丈夫云ふはかりなし、飛驒の「たくみ」は楔一本にて緊ると云ふ此のことなり、武家知行所に居住すれは諸事皆斯の如く不自由なる故人の心たねく何ことも年を積り心掛を成就することなるに、御城下は自由便当なる上にせわしなく、急に間に合はする風俗にて、何ことも皆当座まかなひに事をする故上下の損失積りて云ふはかりなしと知るへし、斯の如く積りて夥しき損失成るを顧みさること、皆当分の間を合はせんとするより起りたることにて、畢竟金なけれは当分の間合はす、金にて急に物を買整へて間を合はせ今日は立つなれは、人々金を大切のものと思ひ入り商人を頼みて今日を送る境界なり、
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『政談』諸色直段の事又都も田舎も武家皆旅宿にて金にて物を買整へ其用を弁せんとする故、商人の勢ひ盛になりて日本国中の商人通して一枚となり、物の直段も遠国と御城下と釣合ひて居る故、数百万人の商人一枚になりたる勢には勝れぬことにて、何程御城下にて御下知ありても物の直段下らぬ筋もあり、又物の出所遠国より江戸まて参る間にては段々に幾継きも継きて参り届くに、其段々幾継きも継きたる所々にて皆段々に利をまうけてのくこと道中の賃銀の外なる故、かゝり莫太になりて、物の直段高直なる筋もあり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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