政談 / 當時世話敷風俗を改むへき事
商人も知らす夫を取りさばく御役人もしらす、功者と云ふは唯々御城下にて左樣なることを仕馴たるまてなり、其上に立つ御役人は只金の多く入らぬ了簡と目付を付て邪推を廻して下に私をさせましきとする迄の事にて、自身は何も知らぬ故畢竟の所商人にだまされて御城下の普請益々惡くなり其の損云ふばかりなし、昔の大工は家に卷物を傳へて堅く法を守るに、當時の大工は渡世に追はれ少しも細工を多く受取んとする、大工も次第に下手になりて家居も早く損するなり、器物も亦斯の如し、某か家に父方の曾祖母の伊勢にて拵へ置たる朱塗の碗家具あり、祖父より父へ傳へ父より傳はりて今にあり、百年に餘れども朱色も變ることなく疵も付かす、その丈夫なること甚し、某田舎にて百姓の重箱なと拵ゆるを見たるに、塗師も不自由なり、塗師一人にて上總の國中を方々雇れ步きて細工するなり、
新字:商人も知らす夫を取りさばく御役人もしらす、功者と云ふは唯々御城下にて左様なることを仕馴たるまてなり、其上に立つ御役人は只金の多く入らぬ了簡と目付を付て邪推を廻して下に私をさせましきとする迄の事にて、自身は何も知らぬ故畢竟の所商人にだまされて御城下の普請益々悪くなり其の損云ふばかりなし、昔の大工は家に巻物を伝へて堅く法を守るに、当時の大工は渡世に追はれ少しも細工を多く受取んとする、大工も次第に下手になりて家居も早く損するなり、器物も亦斯の如し、某か家に父方の曽祖母の伊勢にて拵へ置たる朱塗の碗家具あり、祖父より父へ伝へ父より伝はりて今にあり、百年に余れども朱色も変ることなく疵も付かす、その丈夫なること甚し、某田舎にて百姓の重箱なと拵ゆるを見たるに、塗師も不自由なり、塗師一人にて上総の国中を方々雇れ歩きて細工するなり、
書き下し
商人も知らす夫を取りさばく御役人もしらす、功者と云ふは唯々御城下にて左様なることを仕馴たるまてなり、其上に立つ御役人は只金の多く入らぬ了簡と目付を付て邪推を廻して下に私をさせましきとする迄の事にて、自身は何も知らぬ故畢竟の所商人にだまされて御城下の普請益々悪くなり其の損云ふばかりなし、昔の大工は家に巻物を伝へて堅く法を守るに、当時の大工は渡世に追はれ少しも細工を多く受取んとする、大工も次第に下手になりて家居も早く損するなり、器物も亦斯の如し、某か家に父方の曽祖母の伊勢にて拵へ置たる朱塗の碗家具あり、祖父より父へ伝へ父より伝はりて今にあり、百年に余れども朱色も変ることなく疵も付かす、その丈夫なること甚し、某田舎にて百姓の重箱なと拵ゆるを見たるに、塗師も不自由なり、塗師一人にて上総の国中を方々雇れ歩きて細工するなり、
現代語訳
商人も知らず、それを取りさばく御役人も知らない。巧者というのは、ただ御城下でそのようなことをし慣れているだけのことである。その上に立つ御役人は、ただ金が多くかからないようにという考えと、目付を付けて邪推をめぐらし、下に私曲をさせまいとするだけのことで、自分は何も知らないので、結局のところ商人にだまされて、御城下の普請はますます悪くなり、その損は言いようもない。昔の大工は家に巻物(秘伝書)を伝えて固く法を守ったが、今の大工は渡世に追われて、少しでも細工を多く受け取ろうとする。大工もしだいに下手になって、家屋も早く傷むのである。器物もまた同様である。私の家に、父方の曾祖母が伊勢で作らせておいた朱塗りの椀や家具がある。祖父から父へ伝え、父から伝わって今にある。百年を超えるが朱色も変わらず傷も付かず、その丈夫なことははなはだしい。私が田舎で百姓が重箱などを作るのを見たところ、塗師も不自由である。塗師一人で上総の国中をあちこち雇われ歩いて細工をするのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『政談』當時世話敷風俗を改むへき事商人高直に云ふも是亦詮方なし、かけを兼て済さねば商人亦半分は廃ると了簡して直段を益上くる、借金をするも急の間を合はせんとする故のことなれば、高利に構はす家居器物まて皆斯の如し、田舎の家作は山にて木を伐り枯らし置きて大工を呼寄せ幾日もかゝりて建つる故丈夫にて年久しくこたゆるに、御城下は何も〳〵御城下の町にて買ひ調へ例の「セワシナキ」風俗にて急に建つることと主人もその家のをとなも何もしらす商人任せなり、年久しく出入する大工に積らすれは夫の大工も己れか家を建たることは終に之なく人の家を建たるはかりの功者なり、己れか取付けの材木屋にて積り貰ひて間を合はせる故何もかも皆商人任せなり、其商人と云ふも御城下の商人なれはものゝ出所の功者もなし、唯御城下にて売買の上の功者はかりなり、これによりて公儀の請負等するも畢竟皆本をしらぬものゝ取捌きなり、
-
『政談』當時世話敷風俗を改むへき事一所に二十日も三十日も居て又わきへ往き、乾きたる時節を考へて来りて蒔絵をする、其漆も別に買ひ整へ置きて擦らせ、下地をも兼て下拵へ置きたる故何もかも望のやうに拵へて丈夫なり、又御旗本の家に三河居住の時分娘の縁付きのため、其娘四五歳の時分より兼て心掛け毎年一色二色つゝ拵へ置きたる諸道具、某幼少の時まては遺りて有るを見たり、何も手前にて拵へたる物故其丈夫なること甚し、又上総国松ケ谷と云ふ村に釈迦堂あり、飛驒の「たくみ」か建てたると云ひ伝へり、棟札を見れは四五百年にもなるべし、飛騨の「たくみ」と云は総して飛驒の国より出てたる大工なり、其時分上総の国中に大工なし、飛驒大工上京して公役を勤むる者あり、国々を廻るもあり、先き〳〵にて普請を受取りて木取りを為し、夫より五里も十里もわきへゆき、段々先きより先きへ行き、右の最初受取りたる普請の木取り枯れたる時分に廻りて来て木を削り立て、篤と拵へて又わきへ行き篤と枯れたる時分に来る故一所の普請に二年三年も掛るなり、
-
『政談』當時世話敷風俗を改むへき事ぬき穴の内をふらに掘り、貫を少し太く削りて敲きひしき、差込む故楔入らす、年を経て雨風にあたる故たゝきひしきたる所濡れて脹れ柱も貫も毫髪の透間なく、一つの木の如くなり其丈夫云ふはかりなし、飛驒の「たくみ」は楔一本にて緊ると云ふ此のことなり、武家知行所に居住すれは諸事皆斯の如く不自由なる故人の心たねく何ことも年を積り心掛を成就することなるに、御城下は自由便当なる上にせわしなく、急に間に合はする風俗にて、何ことも皆当座まかなひに事をする故上下の損失積りて云ふはかりなしと知るへし、斯の如く積りて夥しき損失成るを顧みさること、皆当分の間を合はせんとするより起りたることにて、畢竟金なけれは当分の間合はす、金にて急に物を買整へて間を合はせ今日は立つなれは、人々金を大切のものと思ひ入り商人を頼みて今日を送る境界なり、
-
『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事某唐筆弓の仕やうを人に教へさせたるに、書籍にある通りに成るほと出来て弓の力も随分に強く善けれども、御当地にてする故にもの入り夥し、又手間とる故商人なとは仲々すましきなり、弩弓をさせたるに是も書藉にあるやうに能く出来れとも、御当地に善き竹なし、竹なども愚かなる商人の己れか渡世利倍を第一としてたやすく売らるゝもの許りを御当地へ持ち来る故、遠国には様々の竹あるべけれとも詮方なし、笙なとも竹なくて細工なりかたし、此たぐひの事も武家たる人田舎に住みてものを仕立つる心あらは、異国古のものも今復た世界に多く出来すべきこと也、
-
『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事百工のわさに付き御当地京都大坂なとにては成かたきことも有へし、某唐紙唐筆にてなけれは物書れぬ故諸方を承り合はせ、日本の内にても唐紙をすき唐筆をゆふ人ありやと尋ね求むるに、唐紙この以前大坂にてすき出したれとも物入り多き故商売にならぬとて止めたりと承はる、唐筆は弟子ともの内に能く差図をしてゆはする者あれとも是も工手間掛りて損なりとてゆはす、活版と云ふ者調法なるものなれとも、是亦御当地なとにては工手間かゝる故版をほるよりは却て損なり、石摺も真の仕方は工手間かゝる故成りがたし、織物のたぐひを京都にて織出せとも是も唐の如くすれはもの入多き故、何も薄く織出して唐には劣る、是皆店賃高く諸色高直なる故何事も〳〵掛りもの多くなりて善きものは出来ぬ、
-
『政談』諸役人に器量を選ふ事当時の治めは余りに人の押へ扣へ特の外に過きたり、唯々子供の守をする如く下たる人をあてかひて悪事をさせぬやうなし、ことの方をは一々に差図をして何事も上へ伺ひて勤むる故、智恵を出たすことは入らぬなり、唯々子供を使ふ如く下を使ふこと是上たる人の智恵にて済むことを覚ゆる、斯の如き世界なる故人々己れか才智を出さす、左れは才智ある人も才智をは出たさす、才智なき人は才智の付くへきやうなし、人の撰みは只立廻り利口にて、上の気に逆からぬやうに物云ひよく、何事も念の入て上へ伺ふ人を何役をも仕落なく勤むへき人々と思ふ、斯の如くなれは下たる人は何事も上へもたれ居て、身を踏み込むことは曽て之なき筈のことなり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る