政談 / 諸大名の困窮を救ふ事
又僅のことなれども御先手を大名のかきに賴むことなり、是は何より起ると云ふに、昔は御先手と云者は武役の重役なる故御旗本の內にてもはかねをならす輩多く是になる故、御老中の前にても能くものを云ふ故に是を賴みて內意なとを聞せたることなり、今は御先手は御旗本のはきためと號して御役人の內の役に立たすの成ことなり、昔とは變り仲々もの云ふこともならす、されとも殿中へ自由に出てゝ方々きゝつくろひ、似つこらしきことを云ひきかせてかきをすることなり、かきにたのめは其儘禮をつかはす、火事にも逢ひ吉凶のことあれは合力をする其上に婚禮の節は是非ともに之を賴むことなり、今は專ら御先手の役のやうなり、是に依りて奧方へも出入り心安く仕掛混ものにものをねだり取る、此外坊主御徒御徒目付伊賀のたぐひ何れも賴めは禮をする、一度禮をすれは毎年する、少し遲けれは來りてねだる、箇樣なることも例の格と云ふものを引きて格に似あはぬと云てねだることなり、
新字:又僅のことなれども御先手を大名のかきに頼むことなり、是は何より起ると云ふに、昔は御先手と云者は武役の重役なる故御旗本の内にてもはかねをならす輩多く是になる故、御老中の前にても能くものを云ふ故に是を頼みて内意なとを聞せたることなり、今は御先手は御旗本のはきためと号して御役人の内の役に立たすの成ことなり、昔とは変り仲々もの云ふこともならす、されとも殿中へ自由に出てゝ方々きゝつくろひ、似つこらしきことを云ひきかせてかきをすることなり、かきにたのめは其儘礼をつかはす、火事にも逢ひ吉凶のことあれは合力をする其上に婚礼の節は是非ともに之を頼むことなり、今は専ら御先手の役のやうなり、是に依りて奥方へも出入り心安く仕掛混ものにものをねだり取る、此外坊主御徒御徒目付伊賀のたぐひ何れも頼めは礼をする、一度礼をすれは毎年する、少し遅けれは来りてねだる、箇様なることも例の格と云ふものを引きて格に似あはぬと云てねだることなり、
書き下し
又僅のことなれども御先手を大名のかきに頼むことなり、是は何より起ると云ふに、昔は御先手と云者は武役の重役なる故御旗本の内にてもはかねをならす輩多く是になる故、御老中の前にても能くものを云ふ故に是を頼みて内意なとを聞せたることなり、今は御先手は御旗本のはきためと号して御役人の内の役に立たすの成ことなり、昔とは変り仲々もの云ふこともならす、されとも殿中へ自由に出てゝ方々きゝつくろひ、似つこらしきことを云ひきかせてかきをすることなり、かきにたのめは其儘礼をつかはす、火事にも逢ひ吉凶のことあれは合力をする其上に婚礼の節は是非ともに之を頼むことなり、今は専ら御先手の役のやうなり、是に依りて奥方へも出入り心安く仕掛混ものにものをねだり取る、此外坊主御徒御徒目付伊賀のたぐひ何れも頼めは礼をする、一度礼をすれは毎年する、少し遅けれは来りてねだる、箇様なることも例の格と云ふものを引きて格に似あはぬと云てねだることなり、
現代語訳
また、わずかなことではあるが、御先手(先手頭)を大名家の後ろ盾(垣)として頼むことがある。これは何から起こったかというと、昔は御先手というものは武役の重職であったので、御旗本の中でも威勢のよい者が多くこれに就き、御老中の前でもよく物を言ったので、これを頼んで内々の意向などを聞かせてもらったのである。今は御先手は「御旗本の掃き溜め」と呼ばれ、御役人の中でも役に立たない者のなる役である。昔とは変わってなかなか物を言うこともできない。けれども殿中へ自由に出て方々で聞きつくろい、それらしいことを言い聞かせて後ろ盾となるのである。後ろ盾に頼めばそのつど礼を贈り、火事に遭ったり吉凶のことがあれば金品を援助し、そのうえ婚礼の際には是非ともこれを頼むことになっている。今ではもっぱら御先手の役目のようになっている。これによって奥方へも気安く出入りし、何かと物をねだり取る。このほか坊主・御徒・御徒目付・伊賀者のたぐいも、どれも頼めば礼をする。一度礼をすれば毎年する。少し遅れれば来てねだる。こうしたことも例の「格」というものを持ち出し、格に似合わぬと言ってねだるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚同中故に古者の正長を置くや、將に以て民を治めんとするなり。之を譬うるに絲縷に紀有り、而して罔罟に綱有るが若きなり。將に以て天下の淫暴を運役して其の義を一同せんとするなり。是を以て先王の書、相年の道いて曰く、「夫れ國を建て都を設け、乃ち后王君公を作るは、泰を用うるに否ざるなり。大夫師長を輕んずるは、佚を用うるに否ざるなり。維れ辯じて天均を治めしむ」と。則ち此れ古者、上帝鬼神の國都を建設し正長を立つるは、其の爵を髙くし、其の祿を厚くし、富貴佚樂にして之を錯くに非ず、將に以て萬民の為に利を興し害を除き、貧寡を富貴にし、危亂を安治にせんとするを語るなり。故に古者、聖王の為すこと此くの若し。
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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事古より官位爵禄と云ふことあり、官と云ふは今の役儀なり、位と云ふは今の座席也、爵と云ふは官位の外に別に規模なることを拵へ置て、之を人に賜はることなる故今の官位なり、今の官位も古公家の代には役儀を官と云ひ、座席を位と云へとも、今は皆名はかりになりて、当時は武家の役と席との外に別に官位を設くることなれは、今の官位は古の爵にあたるなり、根は古も今も変りなし、然るに当時は一役一席に定めて、役と席と離したものなる故、役の進めは席をも進み、役の下くれは席も下かることの段不便利なることなり、古にも官と位とに相当あれとも、或は官高く位低きも有り、或ば官低きく位高きもあり、強ちに一様ならぬに仔細あることなり、当時の如く役と席とを離れたものに拵へ置くときは、役の替れは席も必らす夫に連れて替はる、
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『講孟余話』公孫丑下 第五章「霊丘を辞して士師を請ふ」。霊丘は下邑なり、其の大夫は今の代官の類にして、而も常に治所に居る。故に都城に遠くして、数々得失を上言することを得ず。故に士師を請ふ。士師は都城の官なれば、上言も心の儘なるを以てなり。漢の武帝元狩五年、初めて諫大夫を置く。是れより以前は諫官と云ふ者なき故に、諸官皆上言することを得しなり。註に「士師は王に近く、以て刑罰の中らざる者を諫むることを得」と云ふ。然れども士師の言ふことを得る、恐らくは刑罰を諫むるに止まらざるべし。
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『韓非子』難勢第四十堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
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『墨子』貴義子墨子曰く、世の君子、之をして一彘の宰と為らしむるに、能わずんば則ち之を辭す。一國の相と為らしむるに、能わざるも之を為す。豈に悖らざらんや。
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論語・顔淵篇子張、政を問う。子曰く、「之に居りて倦むこと無く、之を行うに忠を以てす。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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