政談 / 諸大名の困窮を救ふ事
就中內證の奢り近來は以ての外に超過す、其奢り大名の內に公家と緣組をしたる者か上方の者にたまされて出來たる格多し、公家は高位なれとも少身なれは何の結構なることは元來これなし、なれとも堂上かたをはしめ京都の人情、大名をだましてものを取ることを專一とする風俗なり、夫の公家の娘に付き奉る女房多くは町人の娘より分なるか坊官の娘なり、此輩を己れか御蔭を蒙むるへきために種々の古實を拵へ、物ことに結構に高大なることを云ひかくるはむことの元來公家と緣を組む心根、女房の高家なるを自慢に思ふより出たることなれは、彼上方ものゝ云ふことを尤と同心して種々の奢りをする、いかさまにも仔細らしく宜しきやうなれは其風他へも推移りて今は自然と江戶中一統に大名の奧方の格と云ことに成りたるなり、其上御先々前御代頃より子を持ちたる妾を御部屋と名け家來よりは樣付にする、親類へも嗚呼かましく贈答をすることになり、其女の召使と本妻の召使と左のみ替らぬことに成り、其上御部屋となる者多くは踊子上りなれば右の上に又はれなる風俗も加はり、今は是も格とやらん云ふことになりたり、
新字:就中内証の奢り近来は以ての外に超過す、其奢り大名の内に公家と縁組をしたる者か上方の者にたまされて出来たる格多し、公家は高位なれとも少身なれは何の結構なることは元来これなし、なれとも堂上かたをはしめ京都の人情、大名をだましてものを取ることを専一とする風俗なり、夫の公家の娘に付き奉る女房多くは町人の娘より分なるか坊官の娘なり、此輩を己れか御蔭を蒙むるへきために種々の古実を拵へ、物ことに結構に高大なることを云ひかくるはむことの元来公家と縁を組む心根、女房の高家なるを自慢に思ふより出たることなれは、彼上方ものゝ云ふことを尤と同心して種々の奢りをする、いかさまにも仔細らしく宜しきやうなれは其風他へも推移りて今は自然と江戸中一統に大名の奥方の格と云ことに成りたるなり、其上御先々前御代頃より子を持ちたる妾を御部屋と名け家来よりは様付にする、親類へも嗚呼かましく贈答をすることになり、其女の召使と本妻の召使と左のみ替らぬことに成り、其上御部屋となる者多くは踊子上りなれば右の上に又はれなる風俗も加はり、今は是も格とやらん云ふことになりたり、
書き下し
就中内証の奢り近来は以ての外に超過す、其奢り大名の内に公家と縁組をしたる者か上方の者にたまされて出来たる格多し、公家は高位なれとも少身なれは何の結構なることは元来これなし、なれとも堂上かたをはしめ京都の人情、大名をだましてものを取ることを専一とする風俗なり、夫の公家の娘に付き奉る女房多くは町人の娘より分なるか坊官の娘なり、此輩を己れか御蔭を蒙むるへきために種々の古実を拵へ、物ことに結構に高大なることを云ひかくるはむことの元来公家と縁を組む心根、女房の高家なるを自慢に思ふより出たることなれは、彼上方ものゝ云ふことを尤と同心して種々の奢りをする、いかさまにも仔細らしく宜しきやうなれは其風他へも推移りて今は自然と江戸中一統に大名の奥方の格と云ことに成りたるなり、其上御先々前御代頃より子を持ちたる妾を御部屋と名け家来よりは様付にする、親類へも嗚呼かましく贈答をすることになり、其女の召使と本妻の召使と左のみ替らぬことに成り、其上御部屋となる者多くは踊子上りなれば右の上に又はれなる風俗も加はり、今は是も格とやらん云ふことになりたり、
現代語訳
とりわけ内向き(奥向き)の奢りは、近年もってのほかに度を越している。その奢りは、大名のうち公家と縁組をした者が上方の者にだまされてできた格が多い。公家は位こそ高いが禄は少ないので、もともと何の結構なこともない。けれども堂上方(公家)をはじめ京都の人情は、大名をだまして物を取ることを第一とする風俗である。その公家の娘に付き従う女房(侍女)は、多くは町人の娘より少しましな程度か、坊官の娘である。この者たちが自分たちの得になるように種々の故実をこしらえ、何事も結構に立派なことを言いかける。婿である大名の側も、もともと公家と縁を組む心根が、女房の家柄の高いことを自慢に思うところから出たことなので、あの上方者の言うことをもっともだと同調して、種々の奢りをする。いかにも由緒ありげでよさそうに見えるので、その風が他家へも移り広がって、今では自然と江戸中一統に、大名の奥方の「格」ということになったのである。そのうえ三代前の御代の頃から、子を持った妾を「御部屋」と名づけて家来からは「様」付けで呼ばせ、親類へも仰々しく贈答をするようになり、その女の召使いと本妻の召使いとがさほど変わらぬことになった。そのうえ御部屋となる者の多くは踊り子あがりなので、そこへまた派手な風俗も加わり、今ではこれも格とやらいうことになった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』諸大名の困窮を救ふ事当時は大方倹約をもすへきやうなくなりて、家中へ物成を渡さぬたぐひ多し、其倹約をすへきやうなき仔細を詮議するに、大名の格と云ふものにつかへて今は石にて手をつめたるやうになりて倹約をすへきやう無なり、其格と云ふものは朝夕の身の持やう衣服食事器物家居人の使ひやう奥方の作法音信贈答使者の次第御城下徘徊の供廻道中の次第より冠婚葬祭の礼迄古の制度にもあらす、又公儀より定め玉ふ法にもあらす、世の風俗にて自然と奢美になりたるあたりを見合はせ、並を見合はせ時の風俗にて出来たることか年久しく取り行ふ故、当時に至りては之を格と名付け、その身も家来もわきより見て一大事のことゝ心得、此格をはつれては大名と云ふ詮なしと思ふ人の心なり、其内に末の考もなく仕まつりたることとも多くは世の奢りに連れて出来たるはやりことなり、年久しくなりて堅まりたる事にてやくたいもなきことゝもなり、されとも是を格と覚え居る故之を少しもぬきさしすることならす、石にて手をつめたるやうなり、
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『政談』妾を御部屋と號する事子を持ちたる妾を御部屋と名付けて朋輩諸親類へも取りかはしをさせ、家来には様付けにさせて、其の妾の召使の女房より諸事の格式まて本妻に左まて違はぬやうにすること宜しからさることなり、此上六十年以前まては箇様には無りしを、御先々前御代の頃より始まりて今は世の通法のやうになりたり、有しよくのともから禁裡に御息所と云ふは宮栖所と云ふことにて、皇子誕生なれはその母御息所となると云ふことを云ひて、時世に諂ひなきことを作ること以ての外のことなり、
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『政談』妾を御部屋と號する事且又大名一年替りに在所に居る故、近年は公家の娘なとを私かに呼寄せて在所に据置き本妻の如くするたぐひ多しと云ふ、此等も妾を重くあひしろう風俗より斯の如くなりたり、されは制度を立てゝ長子を持ちたる妾をは家老抔の同格にして、召使の内の貴人と定め、其召使の女中より衣服器物家店迄も細かに制度を立てすんは此悪風は絶ゆへからす、東照宮の御目掛七人衆とてあり、駿府より毎年御鷹野に東金へ御成のとき七人衆御供なり、女一人も連られす馬にて御供なる故、江戸に暫く御滞留の内は某しか祖母のもとへ女をかりきたり、貸してつかはす、曽祖母も折々七人衆の部屋へ行きとまりなとして東照宮をも見奉ると父祖母のものかたりにて承る、此七人衆と申すは三家の御方に御袋様にて重き御事なれとも其御代は斯くの如くのこと也、
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『政談』妾を隱し物とする事只今大名の家に上ろう御方と云ふものあり、是古の媵なるへし、中頃より本妻の嫉妬の心にかたうとして夫の召使ふ者のやうには今はせぬなるへし、備前の松平伊予守か奥方の風儀宜しとて某か妻の母語る、若き時分其家に仕へて能く知りたり、妻なり子を持ちたる女も矢張奥方へ仕へて外の女中並にて何のかはりめなし、唯〻切米の少し善きと奉公の楽なるまでのことなり、伊予守か奥方賢良の婦人にて、左様のものと見れは特に懇にせられたり、奥方にての遊ひは管絃歌楽手習なとまでなり、三味線筑紫琴なとは大名のせぬことなりとて堅く之無しとなり、是は新太郎少将聖人の道を深く信して、家内を能く治めたる余風残りて斯の如し、されとも礼と云ふものを立てされは唯〻主人のもの好きと云ふことなる故其風破れたりと承る、されは妻妾のことも礼制を立てたきこと也、
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『政談』妾を御部屋と號する事古に母は子を以て貴しと云は実子の代に成てのこと也、御先々前御代の未た御部屋住にて御座なされしときに、御家老とも桂昌院様へ御登城あるへしと申上けたれは、何と名のりてか登城はすへき、大猷院様の御召しつかいなりと名のるへきか、舘林殿の母なりと名のるへきか、なにとなのりても大猷院様の御をもてふせなり、舘林殿の御てもてふせなりと御意これあり、青梅院さまへ御袋母様は折々御登城ありけれとも、桂昌院様は終に御登城なかりしなり、此段某し幼少のときに承はる、此時分までは御女中方も箇様の理筋を御存しなり、今時は左様の理筋絶え果てたり、彼の御部屋と云はるゝもの多くは踊子風情のもの也、夫を寵愛する男も不学にして而も無智なれは今は定法の如くなりぬ、
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『政談』諸大名の困窮を救ふ事諸大名の身上のこと是亦同断なり、其身上の困究するいはれは、隔年に江戸詰する故御城下をはれと覚え、物成悉く売り払ひ金にして江戸にて遣ひ棄ることは大名の境界なり、これによりて自分のをこりたへ〳〵なるも、江戸の物価高直になることによりて次第にもの入り強くなる、慶長寛永の頃まては諸大名謀叛を気遣ひ金を遣はするやうにすること其時分御年寄ともの計策なり、これによりて御老中諸大名よりものをとること却て御奉公の筋にて、其時分は曽て遠慮なきことなりと云ふ、此筋盛遣に成て御先々前御代の頃は御手伝ひ等仰せ付らるゝこと盛なる故諸大名愈々物をひ、上の御威勢の烈しきに恐れて手前の困窮をも顧みす、京都大坂の町人より金を借り返弁もならす、大方はよこにねることになれは其後は金を貸さす、然るに金銀のかはりめになり困窮以ての外なり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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