政談 / 諸大名の困窮を救ふ事
當時は大方儉約をもすへきやうなくなりて、家中へ物成を渡さぬたぐひ多し、其儉約をすへきやうなき仔細を詮議するに、大名の格と云ふものにつかへて今は石にて手をつめたるやうになりて儉約をすへきやう無なり、其格と云ふものは朝夕の身の持やう衣服食事器物家居人の使ひやう奧方の作法音信贈答使者の次第御城下徘徊の供廻道中の次第より冠婚葬祭の禮迄古の制度にもあらす、又公儀より定め玉ふ法にもあらす、世の風俗にて自然と奢美になりたるあたりを見合はせ、並を見合はせ時の風俗にて出來たることか年久しく取り行ふ故、當時に至りては之を格と名付け、その身も家來もわきより見て一大事のことゝ心得、此格をはつれては大名と云ふ詮なしと思ふ人の心なり、其內に末の考もなく仕まつりたることとも多くは世の奢りに連れて出來たるはやりことなり、年久しくなりて堅まりたる事にてやくたいもなきことゝもなり、されとも是を格と覺え居る故之を少しもぬきさしすることならす、石にて手をつめたるやうなり、
新字:当時は大方倹約をもすへきやうなくなりて、家中へ物成を渡さぬたぐひ多し、其倹約をすへきやうなき仔細を詮議するに、大名の格と云ふものにつかへて今は石にて手をつめたるやうになりて倹約をすへきやう無なり、其格と云ふものは朝夕の身の持やう衣服食事器物家居人の使ひやう奥方の作法音信贈答使者の次第御城下徘徊の供廻道中の次第より冠婚葬祭の礼迄古の制度にもあらす、又公儀より定め玉ふ法にもあらす、世の風俗にて自然と奢美になりたるあたりを見合はせ、並を見合はせ時の風俗にて出来たることか年久しく取り行ふ故、当時に至りては之を格と名付け、その身も家来もわきより見て一大事のことゝ心得、此格をはつれては大名と云ふ詮なしと思ふ人の心なり、其内に末の考もなく仕まつりたることとも多くは世の奢りに連れて出来たるはやりことなり、年久しくなりて堅まりたる事にてやくたいもなきことゝもなり、されとも是を格と覚え居る故之を少しもぬきさしすることならす、石にて手をつめたるやうなり、
書き下し
当時は大方倹約をもすへきやうなくなりて、家中へ物成を渡さぬたぐひ多し、其倹約をすへきやうなき仔細を詮議するに、大名の格と云ふものにつかへて今は石にて手をつめたるやうになりて倹約をすへきやう無なり、其格と云ふものは朝夕の身の持やう衣服食事器物家居人の使ひやう奥方の作法音信贈答使者の次第御城下徘徊の供廻道中の次第より冠婚葬祭の礼迄古の制度にもあらす、又公儀より定め玉ふ法にもあらす、世の風俗にて自然と奢美になりたるあたりを見合はせ、並を見合はせ時の風俗にて出来たることか年久しく取り行ふ故、当時に至りては之を格と名付け、その身も家来もわきより見て一大事のことゝ心得、此格をはつれては大名と云ふ詮なしと思ふ人の心なり、其内に末の考もなく仕まつりたることとも多くは世の奢りに連れて出来たるはやりことなり、年久しくなりて堅まりたる事にてやくたいもなきことゝもなり、されとも是を格と覚え居る故之を少しもぬきさしすることならす、石にて手をつめたるやうなり、
現代語訳
今ではたいてい倹約もしようがなくなって、家臣に年貢の取り分を渡さない家が多い。その倹約のしようがないわけを詮議してみると、大名の「格」というものにつかえて、今は石で手を挟みつけたようになり、倹約のしようがないのである。その格というものは、朝夕の身の処し方、衣服・食事・器物・住まい・人の使い方、奥方の作法、音信・贈答、使者の次第、御城下を往来するときの供回り、道中の次第から冠婚葬祭の礼にいたるまで、古の制度でもなく、また公儀が定められた法でもない。世の風俗として自然に奢侈になったところを見比べ、横並びを見比べ、その時々の風俗でできたことを長年取り行ってきたので、今ではこれを「格」と名づけ、当人も家来も傍から見て一大事のことと心得、この格を外れては大名である甲斐がないと思うのが人の心である。その中には先の考えもなく始めたことが多く、たいていは世の奢りにつれてできた流行り事である。年月がたって固まったことで、役にも立たないことばかりである。けれども、これを格と覚えているので、少しも加減することができず、石で手を挟みつけたようなものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。
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