政談 / 公儀御身上の制度の事
されはいつまても〳〵御代の傳らん程は日夜朝暮に御役人は御儉約の筋を第一と、息を切り、ひつらをはり世話をやくことを務めとし、後には夫も屆ぬことになるへけれは、畢竟詮もなきことゝ云ふに詰きることなり、其上當時上下旅宿の境界を其儘にし置きては、何もかも皆金の沙汰になる事故、儉約の筋を專らとするほと唯々上には金をたむることを御好み遊はさるゝと云ふやうに萬民皆思ひなして、遠國迄も左樣に思ひ後代も左樣に沙汰せんこと無念の次第なるへし、是唯々詮なきと云ふのみにあらす其害亦甚しきなり、偖は旅宿の仕掛を已むると云ふは、御買上けを已むることなり、御買上けを已むる仕方は、如何やうなることなれは古代の御代、この諸侯の國には土產の貢あり、夫より以後歷代の帝王、又日本の古も縣郡の代なれば故ら國々より土產の貢を上ること書籍のをもて明白なり、
新字:されはいつまても〳〵御代の伝らん程は日夜朝暮に御役人は御倹約の筋を第一と、息を切り、ひつらをはり世話をやくことを務めとし、後には夫も届ぬことになるへけれは、畢竟詮もなきことゝ云ふに詰きることなり、其上当時上下旅宿の境界を其儘にし置きては、何もかも皆金の沙汰になる事故、倹約の筋を専らとするほと唯々上には金をたむることを御好み遊はさるゝと云ふやうに万民皆思ひなして、遠国迄も左様に思ひ後代も左様に沙汰せんこと無念の次第なるへし、是唯々詮なきと云ふのみにあらす其害亦甚しきなり、偖は旅宿の仕掛を已むると云ふは、御買上けを已むることなり、御買上けを已むる仕方は、如何やうなることなれは古代の御代、この諸侯の国には土産の貢あり、夫より以後歴代の帝王、又日本の古も県郡の代なれば故ら国々より土産の貢を上ること書籍のをもて明白なり、
書き下し
されはいつまても〳〵御代の伝らん程は日夜朝暮に御役人は御倹約の筋を第一と、息を切り、ひつらをはり世話をやくことを務めとし、後には夫も届ぬことになるへけれは、畢竟詮もなきことゝ云ふに詰きることなり、其上当時上下旅宿の境界を其儘にし置きては、何もかも皆金の沙汰になる事故、倹約の筋を専らとするほと唯々上には金をたむることを御好み遊はさるゝと云ふやうに万民皆思ひなして、遠国迄も左様に思ひ後代も左様に沙汰せんこと無念の次第なるへし、是唯々詮なきと云ふのみにあらす其害亦甚しきなり、偖は旅宿の仕掛を已むると云ふは、御買上けを已むることなり、御買上けを已むる仕方は、如何やうなることなれは古代の御代、この諸侯の国には土産の貢あり、夫より以後歴代の帝王、又日本の古も県郡の代なれば故ら国々より土産の貢を上ること書籍のをもて明白なり、
現代語訳
そうであれば、いつまでもいつまでも御代が続く限り、日夜朝夕に御役人は御倹約の筋を第一とし、息を切らし顔をこわばらせて世話を焼くことを務めとし、後にはそれも届かないことになるだろうから、結局甲斐もないことだと言うほかに行き詰まるのである。その上、今の上下が旅宿の境遇をそのままにしておいては、何もかもみな金の話になるので、倹約の筋をもっぱらにするほど、ただお上は金を貯めることをお好みなさるのだと万民がみな思いなし、遠国までもそう思い、後代もそう取り沙汰するであろうことは、無念の次第であろう。これはただ甲斐がないというだけでなく、その害もまたはなはだしいのである。さて、旅宿の仕掛けをやめるというのは、御買い上げをやめることである。御買い上げをやめる仕方はどのようなことかといえば、古代の御代には、諸侯の国からは土産(その土地の産物)の貢ぎがあった。それ以後の歴代の帝王も、また日本の古も郡県の世であったので、ことさらに国々から土産の貢ぎを差し上げたことは、書物の上で明白である。
解説
この章句が説くこと
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『政談』公儀御身上の制度の事公儀御身上の事は右に云ひたる通り、旅宿の仕掛を改めずしては豊かなることは之なき事なり、当時御役人打寄り詮議して時々倹約をして費なきやうにすと雖も、末々御物数寄も替り行くときに至りては復た元の如くなるへし、然れは当分飯の上の蠅を逐ふとやらん云ふやうなることにて詮も之無きことなるへし、又当分詮議を仕つめたる御倹約の位を定格とさため、末々これを守らせたらんには格極まるゆゑ、末永く費もあるましきと思ふ人も多かるへけれとも、それは当せんを知りて前後を知らぬ、了簡鼻の先きの智恵と云ふべし、其仔細某覚えても五六十年以前より只今まての間、世の風俗移り行くに随ひて物の直段の高直になること二十倍にも及ふへし、況て某か未た生れさる以前百年先きより見たらは又若干のことなり、過き去る昔を以て移り行く後を考ふるときは、此以後亦世の移り行くに随ひて世間益々つまり行んこと、是亦過き去る昔より段々当時のやうに成り下りたる如く次第に悪しくなり行くべけれは、当時に定め置たる御倹約の格は末永き格とならぬことなり、
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『政談』當時制度之なき事されとも元来世に連れて出来たることにて正しく制度はなき事なれは畢竟取り守るへき定格はなし、一年倹約の仰せ渡されあれとも、元来制度なきこと故仰出さるへきやうなし、たゝ何百目以上のもの用ゆましきとのことなり、物の品にては別けすして価を以て分つこと、価は時に随て高下もする、畢竟商人なくては価は知らぬことなれは唯々仰出されたるまてにて、人々之を守るやらん背くやらん知る人は無し、兎角制度を立てすして倹約は決して立たぬことなり、右に云ふ如き旅宿の境界にて自由便当なる御城下に「セワシナキ」風俗に制度なきを捏合せて兎角金なけれは成らぬ世界となり極まりたり、当時大名程大禄高官なるものなく安楽も至極すれとも、下家中の世話あり、国中の仕置あり、上に御奉公の筋ありて左右に同格のつき合ひつめひらき有り安楽なるやうにて又苦も甚たし、身貴けれは身持も自由ならす、気のつまること勝なり、
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『政談』當時困窮を改むる道古三代の制度を考へ定むべき事畢竟精を出して上へ奉公をして、上より賜はる禄は残らず皆御城下の商人のものとなり、馬を持ことも成らす、人を持こともならず、各春のきふ符の間をは質物にてとりつゞき、町人に仕送りと云ふことを頼みて、己れが身上は人の手に渡るやうに当時はなりきはまりたるは哀なる事ならずや、畢竟は箸一本にても代を出して買調へされは叶はさること故斯の如くなりたるなり、之のみならず公儀の御身上も同く旅宿の仕掛なり、其仔細は何もかも皆御買上けにて御用を弁せらるヽによりて旅宿なり、惣して和漢ともに天下を知し召さるゝ上は、御買上と云ふことはなき故なり、大名なとの在所他国なるか御城下に参勤して詰め居るは旅宿なれは尤のことなり、天下を知し召さるゝ上は日本国中は皆御国なり、何もかも皆其のものを直に御用ひなさるゝこと故御買上げと云ふことはなき筈なり、物を買ふと云ふは元来人のものなるをたゝは取られぬことなる故代を出して取ることを云ふなり、
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『政談』公儀御身上の制度の事小普請金と云ふことその遺法なり、京都在番にも此遺法今に残れりと承はる、金を取り日用を雇ふより御城下に遊民多くなり、又日用の請負に付きさま〳〵の奸曲あるなり、諸事の義皆斯の如く吟味して御買上けなくならは、天下のたもち玉ふ古法に叶ひ公儀に御勝手ならせられすと云ふことも永く之なく、御役人も当時のやうに算盤を離さぬやうにせす、大やうに搆へても埓あき見ことなる世界なるへし、御役をする面々何れも不学にて此訳は知らす、天下に生する我かものをは人のものにして、偖大切に囲ひ置へき米を売払て金にして夫を御買上にして御用を弁することにては、何ほと御倹約と云ひてもいつまても手の離されぬことにて、偖末に成りては其倹約も参り届くましきなり、昔は算盤なとは武士の手にかけるものにてはなきを、倹約と云ことのはやるより利勘を先きとする世界になりたること、古法にとをからすして風俗の直ることも亦有ましきなり、
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『政談』制度の事制度の事は右所々に云ひたる如く、上下倹約を守り奢りなきやうにする仕方之に越ゆることなし、公儀に御倹約ありて世界の手本と遊はさるゝ御心にても、制度立てられさるときは下たるもの守るへきやうなく、唯々上には御物好きにても斯の如しと存することになり、いたらぬものは金をたむることか御物好きなりなとゝ取沙汰するまてにて下の為にはならす、上の御身上も制度立たぬときは御代も移りては亦上の御物好きにて皆破るゝことになること故、畢竟詮もなきことゝなるへし、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事元禄の時分も金銀殖えたる勢に乗して世界の旅宿を改め、物の制度を立てたらは世は箇様に成るましきなり、当時先々も同しく旅宿の境界を已めて、物の制度を立てゝ、よくとくとゆりすわりたらは、金銀正徳の半減になるとても世界も困窮すましきことなれとも、既に斯の如く困窮したるを直さすしては、旅宿の境界を巳むることも物の制度を立つることも甚た以て難きことなり、総して世界の有様を仕替ゆることは人々の仕慣れたる筋を引換ゆることなれは人々心赴むき難きことなり、騒動に成りて世界愈々困窮になり行く、先の善き事は持ち難かるへし、唯々当分世界の甚た久く賑ふことを執行はすんはあるへからす、当時如何様のことをして世界を賑はすへきと工夫するに、銭を鋳るに若くはなかるへし、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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