政談 / 公儀御身上の制度の事
公儀御身上の事は右に云ひたる通り、旅宿の仕掛を改めずしては豊かなることは之なき事なり、當時御役人打寄り詮議して時々儉約をして費なきやうにすと雖も、末々御物數寄も替り行くときに至りては復た元の如くなるへし、然れは當分飯の上の蠅を逐ふとやらん云ふやうなることにて詮も之無きことなるへし、又當分詮議を仕つめたる御儉約の位を定格とさため、末々これを守らせたらんには格極まるゆゑ、末永く費もあるましきと思ふ人も多かるへけれとも、それは當せんを知りて前後を知らぬ、了簡鼻の先きの智惠と云ふべし、其仔細某覺えても五六十年以前より只今まての間、世の風俗移り行くに隨ひて物の直段の高直になること二十倍にも及ふへし、况て某か未た生れさる以前百年先きより見たらは又若干のことなり、過き去る昔を以て移り行く後を考ふるときは、此以後亦世の移り行くに隨ひて世間益々つまり行んこと、是亦過き去る昔より段々當時のやうに成り下りたる如く次第に惡しくなり行くべけれは、當時に定め置たる御儉約の格は末永き格とならぬことなり、
新字:公儀御身上の事は右に云ひたる通り、旅宿の仕掛を改めずしては豊かなることは之なき事なり、当時御役人打寄り詮議して時々倹約をして費なきやうにすと雖も、末々御物数寄も替り行くときに至りては復た元の如くなるへし、然れは当分飯の上の蠅を逐ふとやらん云ふやうなることにて詮も之無きことなるへし、又当分詮議を仕つめたる御倹約の位を定格とさため、末々これを守らせたらんには格極まるゆゑ、末永く費もあるましきと思ふ人も多かるへけれとも、それは当せんを知りて前後を知らぬ、了簡鼻の先きの智恵と云ふべし、其仔細某覚えても五六十年以前より只今まての間、世の風俗移り行くに随ひて物の直段の高直になること二十倍にも及ふへし、況て某か未た生れさる以前百年先きより見たらは又若干のことなり、過き去る昔を以て移り行く後を考ふるときは、此以後亦世の移り行くに随ひて世間益々つまり行んこと、是亦過き去る昔より段々当時のやうに成り下りたる如く次第に悪しくなり行くべけれは、当時に定め置たる御倹約の格は末永き格とならぬことなり、
書き下し
公儀御身上の事は右に云ひたる通り、旅宿の仕掛を改めずしては豊かなることは之なき事なり、当時御役人打寄り詮議して時々倹約をして費なきやうにすと雖も、末々御物数寄も替り行くときに至りては復た元の如くなるへし、然れは当分飯の上の蠅を逐ふとやらん云ふやうなることにて詮も之無きことなるへし、又当分詮議を仕つめたる御倹約の位を定格とさため、末々これを守らせたらんには格極まるゆゑ、末永く費もあるましきと思ふ人も多かるへけれとも、それは当せんを知りて前後を知らぬ、了簡鼻の先きの智恵と云ふべし、其仔細某覚えても五六十年以前より只今まての間、世の風俗移り行くに随ひて物の直段の高直になること二十倍にも及ふへし、況て某か未た生れさる以前百年先きより見たらは又若干のことなり、過き去る昔を以て移り行く後を考ふるときは、此以後亦世の移り行くに随ひて世間益々つまり行んこと、是亦過き去る昔より段々当時のやうに成り下りたる如く次第に悪しくなり行くべけれは、当時に定め置たる御倹約の格は末永き格とならぬことなり、
現代語訳
公儀の御家計のことは、上に言ったとおり、旅宿の仕掛けを改めなくては豊かになることはない。今、御役人が寄り集まって詮議し、時々倹約をして無駄のないようにしているが、後々、上の御好みも変わっていく時になれば、また元のようになるだろう。そうであれば、当座の飯の上の蠅を追うとかいうようなことで、甲斐もないことであろう。また、当座に詮議を詰めた御倹約の水準を定まった格式と定め、後々これを守らせれば、格が決まるので末永く無駄もないだろうと思う人も多いだろうが、それは当座を知って前後を知らない、了見の浅い、鼻先の知恵というべきである。そのわけは、私が覚えているだけでも五、六十年前から今までの間に、世の風俗が移り変わるにつれて、物の値段が高くなったことは二十倍にも及ぶだろう。まして私がまだ生まれない以前、百年前から見たら、またどれほどのことか。過ぎ去った昔をもって移り変わる後を考えれば、これからまた世が移り変わるにつれて、世間がますます窮屈になっていくことは、これもまた過ぎ去った昔からだんだん今のように成り下がってきたように、しだいに悪くなっていくであろうから、今定めておいた御倹約の格式は、末永い格式とはならないのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』諸色直段の事諸色の直段のことは近年上の御世話にて少々は下直なるやうになれとも、其の取捌き根本諸色の直段年を逐て段々に高直に成る謂れあり、是に立入らさる時は皆当分の策略にて何の用に立たさることなり、只今金の員数元禄金乾金の時分の半分に减し、銀は四つ宝のときの三分一なり、されは諸色の直段元禄金乾金の時分の半分より内に下されば未た本の位にあらす、此四五十年以前に比すれは多くは十倍二十倍なり、されは世界の困窮尤のことにて之を下くる道を吟味せすして叶はさることなり、
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『政談』諸色直段の事其下直にする道を知ることは先つ高直に段々成りたる謂れを知らずしては手段をすへきやうなし、偖其物の直段の段々に高直になりたる仔細一品にあらす様々の謂あり、先つ第一には国々より出る諸物多くは其地頭へ運上を取るに、請負の者直段を次第に糶上けて手前に糶落す事故物の直段次第に高直になるなり、其運上は其大名の使ひ料となり、又は借金の方へ振向けてあり、さるによりて当時諸大名既に困窮したる上は愈々直段下り難きなり、之を避くる仕方甚た難し、
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孫子・作戦篇師に近き者は貴く売る。貴く売れば則ち百姓財竭き、財竭くれば則ち丘役に急なり。
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『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事百工のわさに付き御当地京都大坂なとにては成かたきことも有へし、某唐紙唐筆にてなけれは物書れぬ故諸方を承り合はせ、日本の内にても唐紙をすき唐筆をゆふ人ありやと尋ね求むるに、唐紙この以前大坂にてすき出したれとも物入り多き故商売にならぬとて止めたりと承はる、唐筆は弟子ともの内に能く差図をしてゆはする者あれとも是も工手間掛りて損なりとてゆはす、活版と云ふ者調法なるものなれとも、是亦御当地なとにては工手間かゝる故版をほるよりは却て損なり、石摺も真の仕方は工手間かゝる故成りがたし、織物のたぐひを京都にて織出せとも是も唐の如くすれはもの入多き故、何も薄く織出して唐には劣る、是皆店賃高く諸色高直なる故何事も〳〵掛りもの多くなりて善きものは出来ぬ、
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『玉勝間』一の巻 むかしは銭すくなかりし事おなじ書に、上品八丈絹六匹、代百廿文(各廿文)紺布二反、(無文)代四文とあり。むかしは銭のいといとすくなかりし程、これにて知るべし。また同書に、工藤庄司景光、佐与美の水干を着す、と云うこと見ゆ。今の世に、布に細目と云うがあるは、このさよみの訛れる名なるべし。
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『政談』諸色直段の事又御城下の宿賃甚た高直なる故諸商人皆之を利倍の算用に入るゝによりて直段下らぬなり、某か祖父伊勢の国に先祖の手作りしたる田地ありて、夫を売て僅に五十両にて整へたる町屋敷其後父か代に人に売りたるか、此二十年程以前には二千両の売替になりたりと承はる、右祖父の整へたるときは天草より余程前のことなれは八十年計以前の事なり、斯の如くにて宿賃四千倍の上になりたれは物の直段高直なる事尤のことなり、此下かる仕方心得あるへし、
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