政談 / 當時困窮を改むる道古三代の制度を考へ定むべき事
畢竟精を出して上へ奉公をして、上より賜はる祿は殘らず皆御城下の商人のものとなり、馬を持ことも成らす、人を持こともならず、各春のきふ符の間をは質物にてとりつゞき、町人に仕送りと云ふことを賴みて、己れが身上は人の手に渡るやうに當時はなりきはまりたるは哀なる事ならずや、畢竟は箸一本にても代を出して買調へされは叶はさること故斯の如くなりたるなり、之のみならず公儀の御身上も同く旅宿の仕掛なり、其仔細は何もかも皆御買上けにて御用を弁せらるヽによりて旅宿なり、惣して和漢ともに天下を知し召さるゝ上は、御買上と云ふことはなき故なり、大名なとの在所他國なるか御城下に參勤して詰め居るは旅宿なれは尤のことなり、天下を知し召さるゝ上は日本國中は皆御國なり、何もかも皆其のものを直に御用ひなさるゝこと故御買上げと云ふことはなき筈なり、物を買ふと云ふは元來人のものなるをたゝは取られぬことなる故代を出して取ることを云ふなり、
新字:畢竟精を出して上へ奉公をして、上より賜はる禄は残らず皆御城下の商人のものとなり、馬を持ことも成らす、人を持こともならず、各春のきふ符の間をは質物にてとりつゞき、町人に仕送りと云ふことを頼みて、己れが身上は人の手に渡るやうに当時はなりきはまりたるは哀なる事ならずや、畢竟は箸一本にても代を出して買調へされは叶はさること故斯の如くなりたるなり、之のみならず公儀の御身上も同く旅宿の仕掛なり、其仔細は何もかも皆御買上けにて御用を弁せらるヽによりて旅宿なり、惣して和漢ともに天下を知し召さるゝ上は、御買上と云ふことはなき故なり、大名なとの在所他国なるか御城下に参勤して詰め居るは旅宿なれは尤のことなり、天下を知し召さるゝ上は日本国中は皆御国なり、何もかも皆其のものを直に御用ひなさるゝこと故御買上げと云ふことはなき筈なり、物を買ふと云ふは元来人のものなるをたゝは取られぬことなる故代を出して取ることを云ふなり、
書き下し
畢竟精を出して上へ奉公をして、上より賜はる禄は残らず皆御城下の商人のものとなり、馬を持ことも成らす、人を持こともならず、各春のきふ符の間をは質物にてとりつゞき、町人に仕送りと云ふことを頼みて、己れが身上は人の手に渡るやうに当時はなりきはまりたるは哀なる事ならずや、畢竟は箸一本にても代を出して買調へされは叶はさること故斯の如くなりたるなり、之のみならず公儀の御身上も同く旅宿の仕掛なり、其仔細は何もかも皆御買上けにて御用を弁せらるヽによりて旅宿なり、惣して和漢ともに天下を知し召さるゝ上は、御買上と云ふことはなき故なり、大名なとの在所他国なるか御城下に参勤して詰め居るは旅宿なれは尤のことなり、天下を知し召さるゝ上は日本国中は皆御国なり、何もかも皆其のものを直に御用ひなさるゝこと故御買上げと云ふことはなき筈なり、物を買ふと云ふは元来人のものなるをたゝは取られぬことなる故代を出して取ることを云ふなり、
現代語訳
結局、精を出してお上に奉公して、お上から賜る俸禄は残らずみな御城下の商人のものとなり、馬を持つこともできず、人を抱えることもできない。それぞれ春の切米の手形(切符)が出るまでの間を質物でしのぎ、町人に「仕送り」ということを頼んで、自分の家計は他人の手に渡るように、今ではなりきってしまったのは哀れなことではないか。つまりは箸一本でも代金を出して買い整えなければならないので、このようになったのである。これだけではなく、公儀の御家計も同じく旅宿の仕掛けである。そのわけは、何もかもみな御買い上げで御用を足しておられるので旅宿なのだ。総じて和漢ともに、天下をお治めになる上は買い上げということはないはずだからである。大名などは在所が他国にあり、御城下に参勤して詰めているのは旅宿なので、もっともなことである。しかし天下をお治めになる上は、日本国中はみな御国である。何もかもその物を直接にお用いになることなので、買い上げということはないはずである。物を買うというのは、もともと他人の物であるのを、ただでは取れないので代金を出して取ることをいうのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』當時困窮を改むる道古三代の制度を考へ定むべき事制度のことは先差措き末に至りて申すへし、先つ旅宿の所を言はゝ諸大名一年替りに御城下に詰め居れは一年は並の旅宿なり、其妻は常に江戸なる故常住の旅宿なり、御旗本の武士も常に江戸にて常住の旅宿なり、諸大名の家中も大方は其城下に集まり居て、面々の地行所に居らされは旅宿成る上、近年は江戸勝手の家来次第に多く成る、これをこの武士と云はるゝほとのものゝ旅しゆくならぬは一人もなし、諸国の民の工商の業をするものも、ぼていふり、日用取りなとの游民も、在所を離れて御城下に集まる者、年々にいやましにて、旅宿をも旅宿と心得るときは物入りも少なきことなるを、江戸中のもの旅宿と云ふ心は夢にも付かす、旅宿を常住と心得る故暮しの物入り莫大にして、武士の知行は皆商人に吸取らるゝなり、
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『政談』武家旅宿の境遇を改むる事国に締を付けたること大概右の条々につくせり、されとも畢竟の所武家を知行所に置さるは締の至極にあらす、夫のみならす武道を再興し、世界の奢りを静め、武家の貧窮を救ふ仕方此の外更に有るへからす、先つ第一武家御城下に集り居るは旅宿なり、諸大名の家来も其の城下に居るを江戸に対して在所とはいへとも、是亦己か知行所にあらされは旅宿なり、其仔細は衣食住を初め木一本も買調へねはならぬ故旅宿なり、故に武家を御城下に差置ときは、一年の知行米を売払ふて夫にてものを買調へ一年中に使ひ切る故、勢を出して上へする奉公は皆御城下の町人のためになるなり、是に依りて御城下の町人盛になりて世界次第に悪しくなり、物の直段次第に高直になりて武家の困窮当時に至りては最早すへきやうなくなりたり、
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『政談』諸大名の困窮を救ふ事諸大名の身上のこと是亦同断なり、其身上の困究するいはれは、隔年に江戸詰する故御城下をはれと覚え、物成悉く売り払ひ金にして江戸にて遣ひ棄ることは大名の境界なり、これによりて自分のをこりたへ〳〵なるも、江戸の物価高直になることによりて次第にもの入り強くなる、慶長寛永の頃まては諸大名謀叛を気遣ひ金を遣はするやうにすること其時分御年寄ともの計策なり、これによりて御老中諸大名よりものをとること却て御奉公の筋にて、其時分は曽て遠慮なきことなりと云ふ、此筋盛遣に成て御先々前御代の頃は御手伝ひ等仰せ付らるゝこと盛なる故諸大名愈々物をひ、上の御威勢の烈しきに恐れて手前の困窮をも顧みす、京都大坂の町人より金を借り返弁もならす、大方はよこにねることになれは其後は金を貸さす、然るに金銀のかはりめになり困窮以ての外なり、
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『政談』當時困窮を改むる道古三代の制度を考へ定むべき事金にて諸事のものを買調へねは一日も暮されぬこと故商人なくては武家は立たぬなり、諸事の物は皆商人の手にあるを夫を金を出して申し受て用を弁する事なる故、直段の押し引きは有れとも押し買はならす、畢竟直段は商人の申し次第なり、是れ武家にて旅宿の境界なる故、商人の利倍を得る事此百年以来ほと盛なることは天地開闢より異国にも日本にも之なし、其の仔細は書籍のをもて近くは長崎の唐物の直段にて知るゝことなり、御城下に聚り集ひて町の家居夥しくなり、北は千住南は品川まて立続くなるほとに、如何やうなることにても御城下にて手つかゆることなく、何程大層なることも忽ちの内に調ほりて自由便当云ふばかりなし、斯の如く御城下は諸事に付け自由なる所なる上に、せわしなき風俗と制度なきと此二つを知る故武家の輩米を貴ふ心無くなり、金を大切のものと思ひ、是よりして身上を皆商人に吸取れて武家日々に困究することなり、
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『政談』公儀御身上の制度の事されはいつまても〳〵御代の伝らん程は日夜朝暮に御役人は御倹約の筋を第一と、息を切り、ひつらをはり世話をやくことを務めとし、後には夫も届ぬことになるへけれは、畢竟詮もなきことゝ云ふに詰きることなり、其上当時上下旅宿の境界を其儘にし置きては、何もかも皆金の沙汰になる事故、倹約の筋を専らとするほと唯々上には金をたむることを御好み遊はさるゝと云ふやうに万民皆思ひなして、遠国迄も左様に思ひ後代も左様に沙汰せんこと無念の次第なるへし、是唯々詮なきと云ふのみにあらす其害亦甚しきなり、偖は旅宿の仕掛を已むると云ふは、御買上けを已むることなり、御買上けを已むる仕方は、如何やうなることなれは古代の御代、この諸侯の国には土産の貢あり、夫より以後歴代の帝王、又日本の古も県郡の代なれば故ら国々より土産の貢を上ること書籍のをもて明白なり、
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『政談』當時制度之なき事其大名に優るものはしまふた屋の町人なり、商買のたくひに列すれとも商買の業もなし、金銀を所持すれとも世話六ケ敷けれは、金貸もせす、唯た夥しき町屋を持ち其店貸にて、安楽に耽る上に、仕ふる君も無れは恐しきものなし、役儀もなけれは心遣ひ更になし、下に治むへき民もなく家来もなく、又武士の作法義理と云ふこともなく、衣服より食事家居まで其奢り大名に等し、附従ひ出入りするもの巳れか機嫌を取るもの計りなり、遊山のことは傾城町野郎町を心の儘に歩けとも誰れ咎むる人もなく、又た恐るゝ人もなし、其外の慰みも心の儘にて誰を憚かることなし、賊に今の世に南面王の楽と云ふは此ことなり、是武家皆旅宿の境界にて制度なき世界故知行の米を売払て金にして商人を頼みて用を足さねは、今日立難きことなるによりて商人の勢ひ盛になるより自然と商人の内に斯の如き極楽世界は出来る事也、世界困窮の本大槩右に云ひたる旅宿の境界にて、世話しなき風俗と制度なきとの仔細によることなれは困窮の直し方左の如し、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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