政談 / 當時制度之なき事
其大名に優るものはしまふた屋の町人なり、商買のたくひに列すれとも商買の業もなし、金銀を所持すれとも世話六ケ敷けれは、金貸もせす、唯た夥しき町屋を持ち其店貸にて、安樂に耽る上に、仕ふる君も無れは恐しきものなし、役儀もなけれは心遣ひ更になし、下に治むへき民もなく家來もなく、又武士の作法義理と云ふこともなく、衣服より食事家居まで其奢り大名に等し、附從ひ出入りするもの巳れか機嫌を取るもの計りなり、遊山のことは傾城町野郞町を心の儘に步けとも誰れ咎むる人もなく、又た恐るゝ人もなし、其外の慰みも心の儘にて誰を憚かることなし、賊に今の世に南面王の樂と云ふは此ことなり、是武家皆旅宿の境界にて制度なき世界故知行の米を賣拂て金にして商人を賴みて用を足さねは、今日立難きことなるによりて商人の勢ひ盛になるより自然と商人の內に斯の如き極樂世界は出來る事也、世界困窮の本大槩右に云ひたる旅宿の境界にて、世話しなき風俗と制度なきとの仔細によることなれは困窮の直し方左の如し、
新字:其大名に優るものはしまふた屋の町人なり、商買のたくひに列すれとも商買の業もなし、金銀を所持すれとも世話六ケ敷けれは、金貸もせす、唯た夥しき町屋を持ち其店貸にて、安楽に耽る上に、仕ふる君も無れは恐しきものなし、役儀もなけれは心遣ひ更になし、下に治むへき民もなく家来もなく、又武士の作法義理と云ふこともなく、衣服より食事家居まで其奢り大名に等し、附従ひ出入りするもの巳れか機嫌を取るもの計りなり、遊山のことは傾城町野郎町を心の儘に歩けとも誰れ咎むる人もなく、又た恐るゝ人もなし、其外の慰みも心の儘にて誰を憚かることなし、賊に今の世に南面王の楽と云ふは此ことなり、是武家皆旅宿の境界にて制度なき世界故知行の米を売払て金にして商人を頼みて用を足さねは、今日立難きことなるによりて商人の勢ひ盛になるより自然と商人の内に斯の如き極楽世界は出来る事也、世界困窮の本大槩右に云ひたる旅宿の境界にて、世話しなき風俗と制度なきとの仔細によることなれは困窮の直し方左の如し、
書き下し
其大名に優るものはしまふた屋の町人なり、商買のたくひに列すれとも商買の業もなし、金銀を所持すれとも世話六ケ敷けれは、金貸もせす、唯た夥しき町屋を持ち其店貸にて、安楽に耽る上に、仕ふる君も無れは恐しきものなし、役儀もなけれは心遣ひ更になし、下に治むへき民もなく家来もなく、又武士の作法義理と云ふこともなく、衣服より食事家居まで其奢り大名に等し、附従ひ出入りするもの巳れか機嫌を取るもの計りなり、遊山のことは傾城町野郎町を心の儘に歩けとも誰れ咎むる人もなく、又た恐るゝ人もなし、其外の慰みも心の儘にて誰を憚かることなし、賊に今の世に南面王の楽と云ふは此ことなり、是武家皆旅宿の境界にて制度なき世界故知行の米を売払て金にして商人を頼みて用を足さねは、今日立難きことなるによりて商人の勢ひ盛になるより自然と商人の内に斯の如き極楽世界は出来る事也、世界困窮の本大槩右に云ひたる旅宿の境界にて、世話しなき風俗と制度なきとの仔細によることなれは困窮の直し方左の如し、
現代語訳
その大名に勝るのは仕舞屋(商売をやめた家)の町人である。商売人の類いに列してはいるが、商売の仕事もない。金銀を持ってはいるが、面倒なので金貸しもせず、ただおびただしい町屋を持ってその店賃で安楽にふける上に、仕える主君もいないので恐ろしいものがない。役目もないので気遣いはまったくない。下に治めるべき民もなく家来もなく、また武士の作法や義理ということもなく、衣服から食事・家屋まで、その奢りは大名に等しい。付き従い出入りする者は、自分の機嫌を取る者ばかりである。遊山は遊郭や芝居町を思うままに歩いても、誰も咎める人はなく、また恐れる人もいない。そのほかの慰みも思いのままで、誰をはばかることもない。まことに今の世に「南面王の楽しみ」(君主の楽しみ)というのはこのことである。これは武家がみな旅宿の境遇で、制度のない世の中なので、知行の米を売り払って金にし、商人を頼んで用を足さなければ今日が立ちゆかないことから、商人の勢いが盛んになり、自然と商人の中にこのような極楽世界ができるのである。世の中の困窮の根本は、おおよそ上に言った旅宿の境遇と、せわしない風俗と、制度がないこととのわけによるのであるから、困窮の直し方は次のとおりである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』遊女河原者の種姓の分事並に乞食の締りの事されは前に云ひたる人返しのこと行はれは新こもかぶり非人の内をも在所を詮議して返へす仕方もあるべし、是は平人の人かへしとは変りて地頭の知行所を治さめ悪しき咎はかりにあらず、御城下の治の悪しき故非人の出てたる咎ふんわけなるへければ、路銭なとは公儀より下さるべきことなり、奉行御役人の御城下に非人多きは奉行の耻なりと云ふことを能く知らは、外にも非人の仕方いかやうにもあるへきことなり、
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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