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政談 / 當時制度之なき事

昔は裏付上下と云こともなく、右の差別のなき證據は御謠初のときかた衣を取ると云ふことあるは、麻上下より直ちに袴計りに昔はなりたるなり、裏付けはなく麻の袴を用ひたること明かなり、鼻紙袋と云ふものは昔はなし、小寺勾當と云ふ座頭の仕初めたる故、小寺袋とて世間にはやりしをいつの間にか兎角懐中せねはならぬことに成りたりと、今は又其比よりは殊の外に結搆になる、昔は大名も前巾着を提けて、其に印を入れて鼻紙袋は入らぬ也、東照宮も前巾着を提け玉ふと承はる、何もかも昔斯の如し、御先々前御代の時分より、公邊の勤めかたに脇を見合はせ列を聞合はすることを肝要とし、物ことに念を入るゝを善しとす、衣服大小の拵へ髪の結ひやうまて目立つことを嫌ひ、世間の並を見合はせ中分をとるを善しとす、これよりして格式作法のやうなること世に連れて多く出來たるなり、

新字:昔は裏付上下と云こともなく、右の差別のなき証拠は御謡初のときかた衣を取ると云ふことあるは、麻上下より直ちに袴計りに昔はなりたるなり、裏付けはなく麻の袴を用ひたること明かなり、鼻紙袋と云ふものは昔はなし、小寺勾当と云ふ座頭の仕初めたる故、小寺袋とて世間にはやりしをいつの間にか兎角懐中せねはならぬことに成りたりと、今は又其比よりは殊の外に結搆になる、昔は大名も前巾着を提けて、其に印を入れて鼻紙袋は入らぬ也、東照宮も前巾着を提け玉ふと承はる、何もかも昔斯の如し、御先々前御代の時分より、公辺の勤めかたに脇を見合はせ列を聞合はすることを肝要とし、物ことに念を入るゝを善しとす、衣服大小の拵へ髪の結ひやうまて目立つことを嫌ひ、世間の並を見合はせ中分をとるを善しとす、これよりして格式作法のやうなること世に連れて多く出来たるなり、

書き下し

昔は裏付上下と云こともなく、右の差別のなき証拠は御謡初のときかた衣を取ると云ふことあるは、麻上下より直ちに袴計りに昔はなりたるなり、裏付けはなく麻の袴を用ひたること明かなり、鼻紙袋と云ふものは昔はなし、小寺勾当と云ふ座頭の仕初めたる故、小寺袋とて世間にはやりしをいつの間にか兎角懐中せねはならぬことに成りたりと、今は又其比よりは殊の外に結搆になる、昔は大名も前巾着を提けて、其に印を入れて鼻紙袋は入らぬ也、東照宮も前巾着を提け玉ふと承はる、何もかも昔斯の如し、御先々前御代の時分より、公辺の勤めかたに脇を見合はせ列を聞合はすることを肝要とし、物ことに念を入るゝを善しとす、衣服大小の拵へ髪の結ひやうまて目立つことを嫌ひ、世間の並を見合はせ中分をとるを善しとす、これよりして格式作法のやうなること世に連れて多く出来たるなり、

現代語訳

昔は裏付きの裃ということもなく、上記の区別がなかった証拠は、御謡初めのときに肩衣を取るということがあるのは、昔は麻の裃からすぐに袴だけになったのである。裏付きはなく、麻の袴を用いたことは明らかである。鼻紙袋というものは昔はなかった。小寺勾当という座頭が使い始めたので、小寺袋といって世間にはやったのが、いつの間にかとにかく懐に入れなければならないことになったという。今はまたその頃よりもことのほか立派になっている。昔は大名も前巾着を提げて、それに印判を入れて、鼻紙袋は要らなかった。東照宮(家康)も前巾着を提げておられたと承っている。何もかも昔はこのようであった。先々代の御代の頃から、公の勤め方に脇を見合わせ、並びを聞き合わせることを肝要とし、物事に念を入れることを善しとする。衣服や刀の拵え、髪の結い方まで目立つことを嫌い、世間の並を見合わせて中ほどを取るのを善しとする。これによって、格式・作法のようなことが世につれて多くできたのである。

解説

座頭が使い始めた鼻紙袋が流行し、やがて持たねばならない物になった。家康でさえ前巾着ひとつだったのに、という対比で、持ち物が増えていく経緯を示す。さらに徂徠は、役人の勤め方が周りを見合わせ、目立たず中ほどを取ることを善しとするようになったことが、格式や作法を増やしたと見る。横並びの同調が慣行を膨らませるという指摘は、現代の組織にもよく当てはまる。他社や他部署に合わせるうちに、本来不要な手続きが標準になっていないかを確かめたい。

この章句が説くこと

同調格式作法風俗制度家康

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