政談 / 當時困窮を改むる道古三代の制度を考へ定むべき事
異國漢唐宋明の代々の治めの仕方を三代聖人の御代の仕方と突合せて見て、そのたりひづみの所を考へ見れは國の破るゝ起り明かなることなり、左れとも何れも〳〵上下の困窮したるより世の亂れを生したることは古今一轍なれは、困窮に成るへき筋を第一に吟味すへきことなり、されは上下の困窮を救ふ道とて別に奇妙なる妙術も無し、唯々古の聖人の仕方には有て今の世には廢ることゝもあり、之を考へて改むるに若くはなし、夫は如何樣のことそと云ふに、古の聖人の法の大綱は上下萬民をみな上にありつけて其上に禮法制度を立つること是れ治めの大綱なり、當時は此に色かけたる所より上下困窮の病も出來りたるなり、一劵に云ひたるか如く上下皆な旅宿の境界なるところ、聖人の治めに上下萬民を上に在り付けたると在り付けさるとうらはらの相違なり、一切の事に制度なく衣服より家居器物まて貴賤の階級なき故をごりをおさゆるちからなく先妄なる聖人の禮法制度を立てたると是れ亦うらはらの相違なり、
新字:異国漢唐宋明の代々の治めの仕方を三代聖人の御代の仕方と突合せて見て、そのたりひづみの所を考へ見れは国の破るゝ起り明かなることなり、左れとも何れも〳〵上下の困窮したるより世の乱れを生したることは古今一轍なれは、困窮に成るへき筋を第一に吟味すへきことなり、されは上下の困窮を救ふ道とて別に奇妙なる妙術も無し、唯々古の聖人の仕方には有て今の世には廃ることゝもあり、之を考へて改むるに若くはなし、夫は如何様のことそと云ふに、古の聖人の法の大綱は上下万民をみな上にありつけて其上に礼法制度を立つること是れ治めの大綱なり、当時は此に色かけたる所より上下困窮の病も出来りたるなり、一劵に云ひたるか如く上下皆な旅宿の境界なるところ、聖人の治めに上下万民を上に在り付けたると在り付けさるとうらはらの相違なり、一切の事に制度なく衣服より家居器物まて貴賤の階級なき故をごりをおさゆるちからなく先妄なる聖人の礼法制度を立てたると是れ亦うらはらの相違なり、
書き下し
異国漢唐宋明の代々の治めの仕方を三代聖人の御代の仕方と突合せて見て、そのたりひづみの所を考へ見れは国の破るゝ起り明かなることなり、左れとも何れも〳〵上下の困窮したるより世の乱れを生したることは古今一轍なれは、困窮に成るへき筋を第一に吟味すへきことなり、されは上下の困窮を救ふ道とて別に奇妙なる妙術も無し、唯々古の聖人の仕方には有て今の世には廃ることゝもあり、之を考へて改むるに若くはなし、夫は如何様のことそと云ふに、古の聖人の法の大綱は上下万民をみな上にありつけて其上に礼法制度を立つること是れ治めの大綱なり、当時は此に色かけたる所より上下困窮の病も出来りたるなり、一劵に云ひたるか如く上下皆な旅宿の境界なるところ、聖人の治めに上下万民を上に在り付けたると在り付けさるとうらはらの相違なり、一切の事に制度なく衣服より家居器物まて貴賤の階級なき故をごりをおさゆるちからなく先妄なる聖人の礼法制度を立てたると是れ亦うらはらの相違なり、
現代語訳
異国の漢・唐・宋・明の代々の治め方を、三代の聖人の御代のやり方と突き合わせて、その足りないところ、ゆがんだところを考えてみれば、国の破れる起こりは明らかである。それにしても、どの時代も上下が困窮したことから世の乱れが生じたことは古今同じなので、困窮に至る筋道を第一に吟味すべきである。それゆえ上下の困窮を救う道といっても、別に奇妙な妙術があるわけではない。ただ古の聖人のやり方にはあって、今の世には廃れていることもあるので、それを考えて改めるのに越したことはない。それはどのようなことかというと、古の聖人の法の大綱は、上下万民をみな土地に在り付けて(定住させて)、その上に礼法と制度を立てることで、これが治めの大綱である。今はこれが欠けたところから、上下の困窮の病も生じてきたのである。第一巻で言ったように、上下がみな旅宿の境遇であるのは、聖人の治めが上下万民を土地に在り付けたのと、在り付けていないのとで、正反対の違いである。また、一切の事に制度がなく、衣服から家屋・器物まで貴賤の段階がないので、おごりを抑える力がないことは、先王である聖人が礼法制度を立てられたのと、これもまた正反対の違いである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。
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