政談 / 財の賑の大概
さては其困究を救ふ道は如何にと云ふに、愚かなる輩は唯々上の救ひ〳〵と云ひて金銀までを賜はりて御救ひあるべきやうにいへども、御藏の金を悉く御出し拂ひありて御救ひなされても又た跡より元の如くなるべし、左れは上の御力にも及ばさる所成る歟、唯々佛神などの力にて如是法味とやらんを虛空より降らしめなは上下萬民の望みに叶ふべけれとも、夫は佛法の譬喩說害なり、古より左ることはなきことなり、左れば上の御力にも叶はす詮方もなきとて其儘に差措くべき歟、總して天下國家を治むる道は古聖人の道に若くはなし、古の聖人堯舜禹湯文武周公は天下を能ぐ治め玉ひて其の道を後代に遺し玉ふ、其道に依らずして之を救ふ道を知るべき樣なし、此道を傳へ玉へるは孔子なり、孔子の御言葉に惠て費さすと云ふことあり、されは一錢をも費さずして下の惠みとなることあり、此の道を會得せば世界の困窮は直るべし、幸に此道今に遺りて有ることなるに、夫を穿索もせずして詮方なきとて差措くべきやうなし、故に古の道に基き上下の困窮を救ふ道を左に記す、
新字:さては其困究を救ふ道は如何にと云ふに、愚かなる輩は唯々上の救ひ〳〵と云ひて金銀までを賜はりて御救ひあるべきやうにいへども、御蔵の金を悉く御出し払ひありて御救ひなされても又た跡より元の如くなるべし、左れは上の御力にも及ばさる所成る歟、唯々仏神などの力にて如是法味とやらんを虚空より降らしめなは上下万民の望みに叶ふべけれとも、夫は仏法の譬喩説害なり、古より左ることはなきことなり、左れば上の御力にも叶はす詮方もなきとて其儘に差措くべき歟、総して天下国家を治むる道は古聖人の道に若くはなし、古の聖人堯舜禹湯文武周公は天下を能ぐ治め玉ひて其の道を後代に遺し玉ふ、其道に依らずして之を救ふ道を知るべき様なし、此道を伝へ玉へるは孔子なり、孔子の御言葉に恵て費さすと云ふことあり、されは一銭をも費さずして下の恵みとなることあり、此の道を会得せば世界の困窮は直るべし、幸に此道今に遺りて有ることなるに、夫を穿索もせずして詮方なきとて差措くべきやうなし、故に古の道に基き上下の困窮を救ふ道を左に記す、
書き下し
さては其困究を救ふ道は如何にと云ふに、愚かなる輩は唯々上の救ひ〳〵と云ひて金銀までを賜はりて御救ひあるべきやうにいへども、御蔵の金を悉く御出し払ひありて御救ひなされても又た跡より元の如くなるべし、左れは上の御力にも及ばさる所成る歟、唯々仏神などの力にて如是法味とやらんを虚空より降らしめなは上下万民の望みに叶ふべけれとも、夫は仏法の譬喩説害なり、古より左ることはなきことなり、左れば上の御力にも叶はす詮方もなきとて其儘に差措くべき歟、総して天下国家を治むる道は古聖人の道に若くはなし、古の聖人堯舜禹湯文武周公は天下を能ぐ治め玉ひて其の道を後代に遺し玉ふ、其道に依らずして之を救ふ道を知るべき様なし、此道を伝へ玉へるは孔子なり、孔子の御言葉に恵て費さすと云ふことあり、されは一銭をも費さずして下の恵みとなることあり、此の道を会得せば世界の困窮は直るべし、幸に此道今に遺りて有ることなるに、夫を穿索もせずして詮方なきとて差措くべきやうなし、故に古の道に基き上下の困窮を救ふ道を左に記す、
現代語訳
では、その困窮を救う道はどうかというと、愚かな者たちはただ「お上のお救いを」と言って、金銀まで下されてお救いあるべきだと言うけれども、御蔵の金をことごとく出し払ってお救いになっても、また後から元のようになるだろう。そうであれば、上のお力も及ばないところなのか。ただ仏や神の力で、ありがたい法味とやらを虚空から降らせるなら、上下万民の望みにかなうだろうが、それは仏法の譬喩の説(たとえ話)の弊害であって、昔からそのようなことはない。それなら上のお力でもかなわず、方法もないといって、そのまま放っておくべきか。総じて天下国家を治める道は、古の聖人の道に及ぶものはない。古の聖人である堯・舜・禹・湯・文王・武王・周公は天下をよく治められ、その道を後代に遺された。その道によらずに、困窮を救う道を知る方法はない。この道を伝えられたのは孔子である。孔子のお言葉に「恵みて費やさず」ということがある。つまり一銭も費やさずに、下の恵みとなることがあるのだ。この道を会得すれば、世の中の困窮は直るであろう。幸いにこの道は今に遺っているのに、それを探りもせず、方法がないといって放っておくべきではない。そこで古の道に基づいて、上下の困窮を救う道を次に記す。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。
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