政談 / 海路の締りの事
右の外に海路の締りのこと、これは某海路不功者なれは詳に云ひ難し、異國の法は舟の拵へに大小長短の法を定め、舟の數を極め舟に積む貨物の法を立て、舟を掛る所に水驛と云ふことを立て、玆にて舟を着かせて吟味をするなり、尙又處々の海路に巡撿屬と云ふ官を設けて盜賊非常を吟味するなり、武家を知行所に置きたらん上は此樣なる吟味は如何樣にもなるへきなり、當時は輕き手代類のものか所々にて吟味する事なる故私曲のみ多し、舟にては一時千里を走るものにて、日本は海路なれは海路へ最も念を入るへきなり、薩摩より伊豆のはて迄二日に來ると云ふことの外に秘することなり、
新字:右の外に海路の締りのこと、これは某海路不功者なれは詳に云ひ難し、異国の法は舟の拵へに大小長短の法を定め、舟の数を極め舟に積む貨物の法を立て、舟を掛る所に水駅と云ふことを立て、玆にて舟を着かせて吟味をするなり、尚又処々の海路に巡撿属と云ふ官を設けて盗賊非常を吟味するなり、武家を知行所に置きたらん上は此様なる吟味は如何様にもなるへきなり、当時は軽き手代類のものか所々にて吟味する事なる故私曲のみ多し、舟にては一時千里を走るものにて、日本は海路なれは海路へ最も念を入るへきなり、薩摩より伊豆のはて迄二日に来ると云ふことの外に秘することなり、
書き下し
右の外に海路の締りのこと、これは某海路不功者なれは詳に云ひ難し、異国の法は舟の拵へに大小長短の法を定め、舟の数を極め舟に積む貨物の法を立て、舟を掛る所に水駅と云ふことを立て、玆にて舟を着かせて吟味をするなり、尚又処々の海路に巡撿属と云ふ官を設けて盗賊非常を吟味するなり、武家を知行所に置きたらん上は此様なる吟味は如何様にもなるへきなり、当時は軽き手代類のものか所々にて吟味する事なる故私曲のみ多し、舟にては一時千里を走るものにて、日本は海路なれは海路へ最も念を入るへきなり、薩摩より伊豆のはて迄二日に来ると云ふことの外に秘することなり、
現代語訳
以上のほかに、海路の取り締まりのことがある。これについては私は海路に不案内なので、詳しくは言いにくい。異国(中国)の法では、船の造りに大小・長短の規格を定め、船の数を決め、船に積む貨物の決まりを立て、船を停泊させる所に「水駅」というものを設け、そこに船を着けさせて検査をする。さらに各所の海路に「巡検属」という役人を置いて、盗賊や非常の事態を取り調べる。武家を知行所に住まわせた上でなら、このような取り調べはどのようにでもできるはずである。今は身分の軽い手代のような者が所々で取り調べるので、不正ばかりが多い。船というものは一時に千里を走るもので、日本は海に囲まれた国なのだから、海路にこそ最も念を入れるべきである。薩摩から伊豆の果てまで二日で来られるということは、とりわけ秘しておくべきことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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老子・第74章民、死を畏れざれば、奈何ぞ死を以て之を懼れしめん。若し民をして常に死を畏れしめて、而も奇を為す者あらば、吾れ執えて之を殺すを得ん。孰か敢えてせん。常に殺を司る者有りて殺す。夫れ殺を司る者に代わりて殺すは、是を大匠に代わりて斲ると謂う。夫れ大匠に代わりて斲る者は、其の手を傷つけざる有ること希なり。
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『政談』國の締り一篇の發端の事総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、
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尉繚子・制談此くの如くんば、戦ひ勝つと雖も国益々弱く、地を得るも国益々貧しきは、国中の制弊るるに由るなり。
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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『政談』右四册大意の事右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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