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政談 / 武家旅宿の境遇を改むる事

但し大名の家來をも面々知行所をくれて其處に置きたることなれとも、當時差支ゆる仔細あり、元來是も皆知行所に居たれとも、太閤秀吉公のときより大名に所換をさすると云ふこと起る故、左樣の節不便利なりとて皆夫々の城下に集め置きて、今は一面に風俗となれり、其時代は戰國の始めて靜まりたる砌なれは、其勢を弱むる術にて計策の一つなるへけれとも、是より日本國中總人數减少すること武道に於て宜しからさることの第一なり、天草一揆の節僅かの小城に百姓一揆のこもりたるを、西國大名の數を盡して攻めたるも、其の節より早人數减少したる證據なり、

新字:但し大名の家来をも面々知行所をくれて其処に置きたることなれとも、当時差支ゆる仔細あり、元来是も皆知行所に居たれとも、太閤秀吉公のときより大名に所換をさすると云ふこと起る故、左様の節不便利なりとて皆夫々の城下に集め置きて、今は一面に風俗となれり、其時代は戦国の始めて静まりたる砌なれは、其勢を弱むる術にて計策の一つなるへけれとも、是より日本国中総人数减少すること武道に於て宜しからさることの第一なり、天草一揆の節僅かの小城に百姓一揆のこもりたるを、西国大名の数を尽して攻めたるも、其の節より早人数减少したる証拠なり、

書き下し

但し大名の家来をも面々知行所をくれて其処に置きたることなれとも、当時差支ゆる仔細あり、元来是も皆知行所に居たれとも、太閤秀吉公のときより大名に所換をさすると云ふこと起る故、左様の節不便利なりとて皆夫々の城下に集め置きて、今は一面に風俗となれり、其時代は戦国の始めて静まりたる砌なれは、其勢を弱むる術にて計策の一つなるへけれとも、是より日本国中総人数减少すること武道に於て宜しからさることの第一なり、天草一揆の節僅かの小城に百姓一揆のこもりたるを、西国大名の数を尽して攻めたるも、其の節より早人数减少したる証拠なり、

現代語訳

ただし大名の家来にも、それぞれ知行所を与えてそこに置くべきことだが、今は差し支えるわけがある。もともとこれもみな知行所にいたのだが、太閤秀吉公の時から大名に国替えをさせるということが起こったので、そういう時に不便だというので、みなそれぞれの城下に集めておいて、今では一様に風俗となった。その時代は戦国がようやく静まった頃なので、その勢いを弱める術で、計略の一つであったろうが、これによって日本国中の総人数が減少したことは、武道においてよくないことの第一である。天草一揆(島原の乱)の時、わずかな小城に百姓一揆がこもったのを、西国大名が数を尽くして攻めたのも、その時からもう人数が減少していた証拠である。

解説

家臣の城下集住が、もとは秀吉の国替え政策に由来する政治的計略だったと、徂徠は歴史をたどって示す。戦国の勢いを弱めるには有効だったが、その結果として全国の兵力が減り、島原の乱では小城一つに西国大名を総動員せざるをえなかったという。ある時期の課題に対する打ち手が、時代が変わっても慣習として残り、別の弱さを生む。組織の規則や体制にも、導入時の事情が忘れられたまま続いているものがある。施策の由来を知り、今も目的に合っているかを問い直す姿勢を教える一節である。

この章句が説くこと

歴史制度国替え兵力秀吉慣習

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