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政談 / 譜代者の事

元來軍役と云ふは譜代の家來を相應に持つことなる故譜代のことを部曲と云ひたるなり、然るに今は譜代と云ふもの一人もなき世界になり、出替りものさへ持ち難けれは勢を出たして出替りものを澤山に置きてさはめくを軍役の嗜みよきと覺ゆるなり、いつの間にか世の風となり昔を知る人なき故、當時の軍法者の備へ立てを見れは、其の主人達はかりを一面に備へさせ、各々槍一本の役とし、家來をは其のあとに備へて胴勢と號す、されは五十騎一備への士の內には二百石取もあり、三四百石乃至千石取りもあり、肝心の時は皆槍一本の役にし、歩立になれはかちさむらい五十人持ちたると何の變りもなし、然れは高知をさむらひにたるゝは何のためになる、元來軍役と云ふは譜代の家來は其の主人と同しく備へ立てに列することなるをしらぬは、世間にわたいくへて奉公人出替りはかりになり、其の上大坂御陣以來日本國中の諸大名を御城下に召し置るゝ故、大名の家來も御城下入り込むより、御直參又ものゝ差別を立ること世に連れて盛になりたるを昔よりの事と思ひ、右の如くの不埒の料見を武道の師範をする法軍者と云ふなり、

新字:元来軍役と云ふは譜代の家来を相応に持つことなる故譜代のことを部曲と云ひたるなり、然るに今は譜代と云ふもの一人もなき世界になり、出替りものさへ持ち難けれは勢を出たして出替りものを沢山に置きてさはめくを軍役の嗜みよきと覚ゆるなり、いつの間にか世の風となり昔を知る人なき故、当時の軍法者の備へ立てを見れは、其の主人達はかりを一面に備へさせ、各々槍一本の役とし、家来をは其のあとに備へて胴勢と号す、されは五十騎一備への士の内には二百石取もあり、三四百石乃至千石取りもあり、肝心の時は皆槍一本の役にし、歩立になれはかちさむらい五十人持ちたると何の変りもなし、然れは高知をさむらひにたるゝは何のためになる、元来軍役と云ふは譜代の家来は其の主人と同しく備へ立てに列することなるをしらぬは、世間にわたいくへて奉公人出替りはかりになり、其の上大坂御陣以来日本国中の諸大名を御城下に召し置るゝ故、大名の家来も御城下入り込むより、御直参又ものゝ差別を立ること世に連れて盛になりたるを昔よりの事と思ひ、右の如くの不埒の料見を武道の師範をする法軍者と云ふなり、

書き下し

元来軍役と云ふは譜代の家来を相応に持つことなる故譜代のことを部曲と云ひたるなり、然るに今は譜代と云ふもの一人もなき世界になり、出替りものさへ持ち難けれは勢を出たして出替りものを沢山に置きてさはめくを軍役の嗜みよきと覚ゆるなり、いつの間にか世の風となり昔を知る人なき故、当時の軍法者の備へ立てを見れは、其の主人達はかりを一面に備へさせ、各々槍一本の役とし、家来をは其のあとに備へて胴勢と号す、されは五十騎一備への士の内には二百石取もあり、三四百石乃至千石取りもあり、肝心の時は皆槍一本の役にし、歩立になれはかちさむらい五十人持ちたると何の変りもなし、然れは高知をさむらひにたるゝは何のためになる、元来軍役と云ふは譜代の家来は其の主人と同しく備へ立てに列することなるをしらぬは、世間にわたいくへて奉公人出替りはかりになり、其の上大坂御陣以来日本国中の諸大名を御城下に召し置るゝ故、大名の家来も御城下入り込むより、御直参又ものゝ差別を立ること世に連れて盛になりたるを昔よりの事と思ひ、右の如くの不埒の料見を武道の師範をする法軍者と云ふなり、

現代語訳

もともと軍役というのは、譜代の家来を身分相応に抱えることなので、譜代のことを部曲といったのである。ところが今は譜代という者が一人もいない世の中になり、出替り者さえ抱えにくいので、頑張って出替り者を大勢置いて騒がしくしているのを、軍役のたしなみがよいことだと思っている。いつの間にか世の風となり、昔を知る人がいないので、今の軍法家の陣立てを見ると、主人たちばかりを一面に並べ、それぞれ槍一本の役とし、家来はその後ろに並べて「胴勢」と名付けている。そうであれば、五十騎一組の侍の中には二百石取りもいれば、三、四百石から千石取りもいるのに、肝心の時はみな槍一本の役にし、徒歩戦になれば徒侍を五十人持っているのと何の変わりもない。それでは高禄の者を侍として置くのは何のためになるのか。もともと軍役というのは、譜代の家来がその主人と同じく陣立てに並ぶことであるのを知らないのは、世の中が移り変わって奉公人が出替りばかりになり、そのうえ大坂の陣以来、日本中の諸大名を城下に置かれるので、大名の家来も城下に入り込むことから、直参と陪臣(又者)の区別を立てることが世につれて盛んになったのを、昔からのことと思い、このような筋の通らない考えを武道の師範をする軍法者というのである。

解説

譜代の家来が消えたことで、軍の編成そのものが歪んだと論じる条である。本来の軍役は、主人が自分の家来を率いて一つの単位として戦うことだった。ところが今の軍法家は、千石取りも二百石取りも等しく槍一本の兵として並べ、家来は後ろにまとめてしまう。これでは高禄の者を抱える意味がない。徂徠は、身分の区別が形式化したのを昔からの伝統と思い込む軍学者を批判する。管理職を現場の一担当者として並べ、部下を率いる役割を与えない組織も、同じ無駄を抱えている。

この章句が説くこと

軍役編成役割譜代管理職武道

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