政談 / 譜代者の事
昔し武家皆々智行所に居住せしときは衣食住ともに心安く、田舍のことなれは惡しきものにても其儘にして許し置くこと易し、然るに武家皆御城下に居住することになりては諸方の入り込なる故、下々に付き出て入り出來る事を嫌ふ心第一なり、出替りものは一年きりなれは惡しきものにても一年はこらへ安し、悪しきことなれば請人に渡し遣はし、手前の世話にならす、衣類諸事皆彼か自分にてすれは世話なし、年々に人をひき替れは新らしき人を珍しく使ふ故氣あらたまりてよし、世間にすれたるものなれは供使ひに使ふても利口にてよし、斯の如くなる仔細によりて人々皆出替りものをすきて元より有り來る譜第をは後生の爲慈悲の爲なとにかこつけて皆暇を出して今は武家に絕えてなし、
新字:昔し武家皆々智行所に居住せしときは衣食住ともに心安く、田舎のことなれは悪しきものにても其儘にして許し置くこと易し、然るに武家皆御城下に居住することになりては諸方の入り込なる故、下々に付き出て入り出来る事を嫌ふ心第一なり、出替りものは一年きりなれは悪しきものにても一年はこらへ安し、悪しきことなれば請人に渡し遣はし、手前の世話にならす、衣類諸事皆彼か自分にてすれは世話なし、年々に人をひき替れは新らしき人を珍しく使ふ故気あらたまりてよし、世間にすれたるものなれは供使ひに使ふても利口にてよし、斯の如くなる仔細によりて人々皆出替りものをすきて元より有り来る譜第をは後生の為慈悲の為なとにかこつけて皆暇を出して今は武家に絶えてなし、
書き下し
昔し武家皆々智行所に居住せしときは衣食住ともに心安く、田舎のことなれは悪しきものにても其儘にして許し置くこと易し、然るに武家皆御城下に居住することになりては諸方の入り込なる故、下々に付き出て入り出来る事を嫌ふ心第一なり、出替りものは一年きりなれは悪しきものにても一年はこらへ安し、悪しきことなれば請人に渡し遣はし、手前の世話にならす、衣類諸事皆彼か自分にてすれは世話なし、年々に人をひき替れは新らしき人を珍しく使ふ故気あらたまりてよし、世間にすれたるものなれは供使ひに使ふても利口にてよし、斯の如くなる仔細によりて人々皆出替りものをすきて元より有り来る譜第をは後生の為慈悲の為なとにかこつけて皆暇を出して今は武家に絶えてなし、
現代語訳
昔、武家がみな知行所に住んでいた時は、衣食住ともに安心で、田舎のことなので、悪い者でもそのままにして許しておくのはたやすかった。ところが武家がみな城下に住むようになってからは、方々から人が入り込む所なので、下々に縁の付く出入りの者ができることを嫌う気持ちが第一である。出替り者は一年限りなので、悪い者でも一年は我慢しやすい。悪いことをすれば請人(保証人)に引き渡してしまえば、こちらの世話にならない。衣類なども万事その者が自分でするので世話がない。年々人を入れ替えれば、新しい人を珍しがって使うので気分も改まってよい。世間ずれした者なので、供使いに使っても気が利いてよい。こうしたわけで、人々はみな出替り者を好み、もとからいた譜代を、来世のためだ、慈悲のためだなどとかこつけて、みな暇を出して、今では武家にまったくいなくなった。
解説
この章句が説くこと
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『政談』譜代者の事譜代者と申すもの和漢ともに之を奴婢と号して古よりあるものなり、さむらい分の譜代を唐にては部曲と云ふ、此の方にては家人とも家の子とも云ふ、奴婢とは別なり、奴婢は奴婢の仲間にて婚姻を通して平人と婚姻することならず、部曲は平人と婚姻をする、されども其主人の人別に付け置きて子孫まて永々他へ離るゝことならぬ者なり、然かるに近年出替奉公人盛になりて、武家には絶えて之なく、田舎の百姓の家にも此頃は特の外に少なく成りたり、其の仔細を考ふるに譜代は面倒なるものなり、家内にて生れたる物なれは幼少より介抱入ることなり、成人しても衣食に付け諸事にをさへひかへをしてつかいたて世話にせねはならぬものなり、偖又我か家に付きたるものにて外へ行くへき所なければ見離すことなり難し、主人にあまゆる者なり、悪しき人抦にて詮方なけれは切りて棄るより外の仕方なし、
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『政談』譜代者の事然れは譜代もの絶えて皆出替りものはかりになりたるは武道の衰廃にて、武家の為には至極の悪しきことなりと知るべし、此の境を篤と了簡せは、向後武家に譜代もの出来るやうに取り捌くへきことなり、其の仕方は前に云ふ如く人別を立てゝ田舎の者は江戸に足をとむることならず、町のものは他国へ移る事ならぬことにして、武家の家来も妻もち幷に其の家にて生れ育ちたるものは永く其の主人の家を離るゝことならぬやうに定め、其主人の人別に付け置き請人を立てさせず譜代のものに定むべし、或は其の者に子供多く其の主人少身にて養ふこと成り難く、脇へ出替り奉公に出たすとも事有るときは其の譜代の主人如何様とも取捌くへし、
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『政談』譜代者の事年久しき用足しなとは譜代者のやうなれとも請状にて置きたる故是譜代のものにはあらさるなり、田舎の百姓へも御城下の風儀移りて面倒なることを嫌ひ、さつはりとしたるを好む風俗になり、譜代は損なり出替りものよしと了簡して今は是も譜第少なき故、大百姓も田地を残らす手前にて作るには作男の数入り、切りまいにもの入るとて多くは入作にして手前にせぬことになり、これより小作百姓の方に奸曲出来して百姓の身の上悪しくなれとも今は詮方なし、
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『政談』譜代者の事御陣の御供をせんとき手形一枚にて召し置きたる家来を召し連れ、箱根をも笛吹をも越したらは皆欠落仕るへし、是れ譜代にあらされは叶はさる証拠なり、又騎馬と云ふは当時は皆主人の数はかりなれは、日本国中惣高二千万石にして日本の武者の惣数三万余騎なり、古は日本の惣軍兵三十三万騎と云ひたるには十分一に成たり、何とて軍者は此の所まては料見せぬことなるそ、其の上只今太平の時節の上にても出替り者計を召使ふ故自然と家来の愛憐なく、一年切成る故其の心互に路人を見るか如し、何にても六ケ敷きことなれは請人を呼ひ寄せ暇を遣せは我か身にかゝることなしと料見す、奉公人も江戸中は皆主人なりと料見す、斯の如くなる心根風俗となる故、自然と下より上へ移り其の主人々々も上へ忠を尽すこと次第になくなるは習はしの移る所なり、
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『政談』譜代者の事偖譜代多く持ちたる人をは上よりも軍役の嗜み多きに沙汰し、譜代これなき家をは軍役の嗜みなきに沙汰し、咎有りて奉公人を誅戮するも譜代ものをは真の主従とさばき、出替りものを当分の雇はれものとさばき、また平日も譜代のさむらいには袴を着せ、出替りさむらいにはかまを許すへし、斯の如く取捌かは武家のともがら自然と合点ゆきて、此の風俗改まるへきなり、然れとも畢竟の所武家を知行所に置されは御城下は物入多くて、譜代のものを沢山に持つことなり難かるへし、仙台諏訪などの風俗承り及ひ候に、三四百石とるさむらい何れも譜代のさむらい三四十人も持ちて、さむらいなれとも草履も取り提灯も持つなり、武士軍中にてはもと草履もたいまつも持へき事なり、供一べんと云ふやうなる悪風俗出来して古風は皆失せたりと知るへし、
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『政談』譜代者の事幼少の育ちも譜代者の手にて育てられたると、出替者の手にて育てられたると各別なり、譜代者は先祖の家風を覚え居、又家に年久しければ親類も見しこと下ろうながら耻をも知る、己も主人の恩にて育ちたるものなれは、主人の子を育つるも心行き格別なり、出替ものは左様のこと之なく、唯々当分の身過のために当分奉公するものなり、左様のものゝ手にかゝるに手伝ふて武家の人抦段々に悪しくなる、元来武家知行所に居住したるとき召使ひたる譜代ものは百姓に近きものなり、無骨なれとも真実多し、今御城下にて召使ふ出替りものは方々渡りありき一家に足を留むる心無れは、何事も世俗の云ふやうはなしと云ふものなり、
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