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政談 / 遊女河原者の種姓の分事並に乞食の締りの事

左樣なる者を善七手下に付けて乞食の數今は夥しく成りたり、夫を世の風俗にて火をも一つにせぬものなりと云ふより平人とは別境界にへだゝり、乞じきの仲間にはいかなることのあるも平人よりは全く知らぬことなり、近年乞じきの內に火付け多くあるを火罪に成りたるも何十年已前より斯の如く惡事をするかも知る人もなく、氣の付く人もなきは別境界に隔りたる故なり、平人と別境界に隔りたるものゝ數夥しなるは、異國人を連來りて夥しく御城下に離し置くが如し、世の移り行くほど增し殖ゆべきなり、尙も末に成りぬらん時には乞食の內より如何樣のこと出來すべきも兼て測り難し、既に善七と云ふ者の先祖は景勝の家來に車丹波と云ふものなるが御草履取と成りて東照宮を狙ひ奉り、己が家來をは皆江戶へ連れ來り乞食の內へ入れ置きたるを事あらはれたる時、東照宮廣大不思儀の神慮で御免ありて乞食の頭となりたると申し傳ふるなり、是等のたぐひは治めの道には深く恐れ氣遣ふべきことなり、

新字:左様なる者を善七手下に付けて乞食の数今は夥しく成りたり、夫を世の風俗にて火をも一つにせぬものなりと云ふより平人とは別境界にへだゝり、乞じきの仲間にはいかなることのあるも平人よりは全く知らぬことなり、近年乞じきの内に火付け多くあるを火罪に成りたるも何十年已前より斯の如く悪事をするかも知る人もなく、気の付く人もなきは別境界に隔りたる故なり、平人と別境界に隔りたるものゝ数夥しなるは、異国人を連来りて夥しく御城下に離し置くが如し、世の移り行くほど增し殖ゆべきなり、尚も末に成りぬらん時には乞食の内より如何様のこと出来すべきも兼て測り難し、既に善七と云ふ者の先祖は景勝の家来に車丹波と云ふものなるが御草履取と成りて東照宮を狙ひ奉り、己が家来をは皆江戸へ連れ来り乞食の内へ入れ置きたるを事あらはれたる時、東照宮広大不思儀の神慮で御免ありて乞食の頭となりたると申し伝ふるなり、是等のたぐひは治めの道には深く恐れ気遣ふべきことなり、

書き下し

左様なる者を善七手下に付けて乞食の数今は夥しく成りたり、夫を世の風俗にて火をも一つにせぬものなりと云ふより平人とは別境界にへだゝり、乞じきの仲間にはいかなることのあるも平人よりは全く知らぬことなり、近年乞じきの内に火付け多くあるを火罪に成りたるも何十年已前より斯の如く悪事をするかも知る人もなく、気の付く人もなきは別境界に隔りたる故なり、平人と別境界に隔りたるものゝ数夥しなるは、異国人を連来りて夥しく御城下に離し置くが如し、世の移り行くほど增し殖ゆべきなり、尚も末に成りぬらん時には乞食の内より如何様のこと出来すべきも兼て測り難し、既に善七と云ふ者の先祖は景勝の家来に車丹波と云ふものなるが御草履取と成りて東照宮を狙ひ奉り、己が家来をは皆江戸へ連れ来り乞食の内へ入れ置きたるを事あらはれたる時、東照宮広大不思儀の神慮で御免ありて乞食の頭となりたると申し伝ふるなり、是等のたぐひは治めの道には深く恐れ気遣ふべきことなり、

現代語訳

そのような者を善七の手下に付けて、乞食の数は今では夥しくなった。それを世の風俗で「火を一緒にしない者だ」と言うことから、平人とは別の境界に隔てられ、乞食の仲間でどんなことがあっても、平人からはまったく知りようがない。近年、乞食の中に放火が多く、火あぶりの刑になったが、何十年前からこのように悪事をしていたのかも知る人がなく、気づく人もいないのは、別の境界に隔たっているからである。平人と別の境界に隔たった者の数が夥しいのは、異国人を連れて来て大勢城下に放しておくようなものである。世の中が移り行くほど増え殖えていくだろう。さらに末の世になったときには、乞食の中からどんなことが起こるかも前もって測りがたい。すでに善七という者の先祖は、上杉景勝の家来の車丹波という者で、御草履取りとなって東照宮(家康)を狙い、自分の家来をみな江戸へ連れて来て乞食の中に入れておいたのが露見したとき、東照宮の広大で不思議な御心によって許されて乞食の頭になったと言い伝えている。このような類いのことは、治めの道においては深く恐れ気遣うべきことである。

解説

社会から切り離された集団が膨らむことの危うさを論じた条である。徂徠は、乞食を「火を一つにせぬ者」として隔てた結果、その内部で何が起きても誰にも見えず、放火も長く気づかれなかったと指摘する。排除は秩序を守るどころか、統治の目が届かない領域を生む。善七の先祖をめぐる伝承まで引いて、治める者が深く恐れるべきだと説く。組織でも、特定の部門や非正規の人々を「別扱い」にして情報が通わなくなると、問題は見えないまま育つ。隔てることのリスクを見落としてはならない。

この章句が説くこと

排除統治死角情報治安非人

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