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政談 / 遊女河原者の種姓の分事並に乞食の締りの事

近年宿なしになりたる新こもかぶりのたぐひをも善七手下になすこといかゝあるべき、新こもかぶりと云ふものは多くは田舎の百姓に奢りつき、耕作の骨折わざを嫌ひ、雜穀を食することを嫌ひ、御城下へ奉公に來り所を定めず、方々渡りありき、年よりて古鄕へ歸るべきやうなく、辻番門番同心の荷持などになりたるはてもあり、又中頃より奉公を巳めぼていふり其の日暮しをしたる者のはてもあり、若き人の子弟の道樂を仕り親類の勘當にあひたるはても有り、又浪人のなれるはてもあり、何れも身の恪勤あしきよりなり、されども元來愚かなる者のその恪勤惡しきと云ふも世間の風俗に連れてのこと、其の上近年世つまり世間過ぎ難くなるゆゑ斯の如き者出來たり、然れは國の治めの惡しきゆゑ、風俗も惡く成り世もつまりたる中より出來ることなれは畢竟上の咎と云ふへし、

新字:近年宿なしになりたる新こもかぶりのたぐひをも善七手下になすこといかゝあるべき、新こもかぶりと云ふものは多くは田舎の百姓に奢りつき、耕作の骨折わざを嫌ひ、雑穀を食することを嫌ひ、御城下へ奉公に来り所を定めず、方々渡りありき、年よりて古郷へ帰るべきやうなく、辻番門番同心の荷持などになりたるはてもあり、又中頃より奉公を巳めぼていふり其の日暮しをしたる者のはてもあり、若き人の子弟の道楽を仕り親類の勘当にあひたるはても有り、又浪人のなれるはてもあり、何れも身の恪勤あしきよりなり、されども元来愚かなる者のその恪勤悪しきと云ふも世間の風俗に連れてのこと、其の上近年世つまり世間過ぎ難くなるゆゑ斯の如き者出来たり、然れは国の治めの悪しきゆゑ、風俗も悪く成り世もつまりたる中より出来ることなれは畢竟上の咎と云ふへし、

書き下し

近年宿なしになりたる新こもかぶりのたぐひをも善七手下になすこといかゝあるべき、新こもかぶりと云ふものは多くは田舎の百姓に奢りつき、耕作の骨折わざを嫌ひ、雑穀を食することを嫌ひ、御城下へ奉公に来り所を定めず、方々渡りありき、年よりて古郷へ帰るべきやうなく、辻番門番同心の荷持などになりたるはてもあり、又中頃より奉公を巳めぼていふり其の日暮しをしたる者のはてもあり、若き人の子弟の道楽を仕り親類の勘当にあひたるはても有り、又浪人のなれるはてもあり、何れも身の恪勤あしきよりなり、されども元来愚かなる者のその恪勤悪しきと云ふも世間の風俗に連れてのこと、其の上近年世つまり世間過ぎ難くなるゆゑ斯の如き者出来たり、然れは国の治めの悪しきゆゑ、風俗も悪く成り世もつまりたる中より出来ることなれは畢竟上の咎と云ふへし、

現代語訳

近年、宿なしになった新こもかぶり(新たに落ちぶれた乞食)の類いまでも善七の手下にするのはいかがなものか。新こもかぶりというものは、多くは田舎の百姓が奢りを覚え、耕作の骨の折れる仕事を嫌い、雑穀を食べるのを嫌って、城下へ奉公に来て住まいを定めず、あちこち渡り歩き、年をとって故郷へ帰ることもできず、辻番や門番、同心の荷物持ちなどになった果ての者もある。また中年から奉公をやめて、ぼてふり(天秤棒での行商)をしてその日暮らしをした者の果てもある。若い人で道楽をして親類から勘当された者の果てもある。また浪人のなれの果てもある。いずれも身の勤めぶりが悪いからである。けれども、もともと愚かな者の勤めぶりが悪いというのも、世間の風俗に引きずられてのことであり、そのうえ近年は世の中が詰まって暮らしにくくなったために、このような者が出てきたのである。そうであれば、国の治めが悪いために風俗も悪くなり、世の中も詰まった中から出てくることなので、結局は上の咎というべきである。

解説

宿なしになる人々の経路を具体的に描き分け、その責任を最終的に為政者に帰した条である。徂徠は個人の勤めの悪さを認めつつ、それも世の風俗と暮らしの行き詰まりに引きずられた結果だと見て、「畢竟上の咎」と断じる。個人の怠惰で片づけず、構造の問題として捉える視点は、政談全体を貫く制度論の核心である。職場で落伍する人が続くとき、本人の資質だけを責めても再発は止まらない。採用、育成、評価、働く環境のどこに原因があるかを問うのが、上に立つ者の責任である。

この章句が説くこと

貧困責任構造風俗政治為政者

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