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政談 / 遊女河原者の種姓の分事並に乞食の締りの事

遊女河原者の類を賤しき者とすることは和漢古今共に同斷なり、是等は元來其の種姓各別なるもの故、賤しきものにし團左衞門支配にすることなり、然るに近年古法を取失ひ、平人の娘を遊女に賣り、又河原者より商賣人になる、是れ宜からざることの第一なり、平人の娘を買取て遊女町へ賣るものをせけんとやらん云てあり、人をかもしても賣るなり、其上我が娘など遊女に賣ること怪しき者にもあるまじきことなるを搆はす賣ることは、もと平人の娘を遊女に賣ると云より歷々のものも遊女を受けて妻にするたくひ擧げて數ふべからず、是よりして又平人の娘を愈々遊女に賣るなり、畢竟遊女とても平人と種姓に變りなしと量見するよりこと起りたることなり、

新字:遊女河原者の類を賤しき者とすることは和漢古今共に同断なり、是等は元来其の種姓各別なるもの故、賤しきものにし団左衛門支配にすることなり、然るに近年古法を取失ひ、平人の娘を遊女に売り、又河原者より商売人になる、是れ宜からざることの第一なり、平人の娘を買取て遊女町へ売るものをせけんとやらん云てあり、人をかもしても売るなり、其上我が娘など遊女に売ること怪しき者にもあるまじきことなるを搆はす売ることは、もと平人の娘を遊女に売ると云より歴々のものも遊女を受けて妻にするたくひ挙げて数ふべからず、是よりして又平人の娘を愈々遊女に売るなり、畢竟遊女とても平人と種姓に変りなしと量見するよりこと起りたることなり、

書き下し

遊女河原者の類を賤しき者とすることは和漢古今共に同断なり、是等は元来其の種姓各別なるもの故、賤しきものにし団左衛門支配にすることなり、然るに近年古法を取失ひ、平人の娘を遊女に売り、又河原者より商売人になる、是れ宜からざることの第一なり、平人の娘を買取て遊女町へ売るものをせけんとやらん云てあり、人をかもしても売るなり、其上我が娘など遊女に売ること怪しき者にもあるまじきことなるを搆はす売ることは、もと平人の娘を遊女に売ると云より歴々のものも遊女を受けて妻にするたくひ挙げて数ふべからず、是よりして又平人の娘を愈々遊女に売るなり、畢竟遊女とても平人と種姓に変りなしと量見するよりこと起りたることなり、

現代語訳

遊女や河原者(芸能に携わる被差別の民)の類いを賤しい者とするのは、日本でも中国でも昔から同じである。これらはもともと出自が別のものとされたので、賤しい者として団左衛門(弾左衛門、関東の被差別民の頭)の支配としてきた。ところが近年は古い法を失い、平人(一般の町人・百姓)の娘を遊女に売り、また河原者から商売人になる者が出ている。これがよくないことの第一である。平人の娘を買い取って遊女町へ売る者を「せけん」(女衒か)とか言っている。人をかどわかしてまで売るのである。そのうえ自分の娘などを遊女に売ることは、まともな者ならありえないことなのに、平気で売るのは、もともと平人の娘を遊女に売るということがあるところから、身分の高い者までも遊女を身請けして妻にする例が数えきれないほどになったためである。ここからまた、平人の娘がますます遊女に売られるのである。結局、遊女であっても平人と出自に変わりはないと考えるところから、このことが起こったのである。

解説

江戸の身分制を前提に、平人の娘が遊女に売られる風潮を嘆いた条である。徂徠は身分の境が崩れたことを原因と見て、古法による区別の回復を説く。この区別の思想そのものは、出自で人を分ける差別であり、今日そのまま受け入れることはできない。ただ、人身売買が広がった背景に、身請けを当然視する上層の風潮があるという観察は鋭い。上の者のふるまいが下の行動の基準となり、悪習が連鎖して広がるという構造である。組織でも、上位者の黙認が不正を常態化させる起点になることを忘れてはならない。

この章句が説くこと

身分風俗遊女人身売買連鎖江戸

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