政談 / 路引の事
この路引は明朝の法なり、明朝にて國境々々に關所ありて、切手を以て之を越ゆるなり、今之を用ひて御城下の周り田舍へ取り付所木戶を付け、番を置き入る人を搆はす、出つる人を路引を改むへし、出つる人の路引は武家屋敷ならは一町々々の肝煎の印、大名屋敷は一屋敷々々々の印、町は前に云ひたる奉行一支配の內名主を月替りにしてなりとも印を押さしむへし、尤も人數姓名荷物の品何方より何方まて通ると云ふことを記すへし、道中にては明朝の飛脚の法を以て一宿々々にて問屋のつき印をとるへし、然れは江戶はづれの番所にては印鑑を以て改むへし、道中宿にて最初の宿品川板橋千住のたくひは番所の印を見しり、夫より先きは誰々隣宿の印さへ見すれは事濟むなり、右の印之なき人は决して宿す可らすと定むへし、
新字:この路引は明朝の法なり、明朝にて国境々々に関所ありて、切手を以て之を越ゆるなり、今之を用ひて御城下の周り田舎へ取り付所木戸を付け、番を置き入る人を搆はす、出つる人を路引を改むへし、出つる人の路引は武家屋敷ならは一町々々の肝煎の印、大名屋敷は一屋敷々々々の印、町は前に云ひたる奉行一支配の内名主を月替りにしてなりとも印を押さしむへし、尤も人数姓名荷物の品何方より何方まて通ると云ふことを記すへし、道中にては明朝の飛脚の法を以て一宿々々にて問屋のつき印をとるへし、然れは江戸はづれの番所にては印鑑を以て改むへし、道中宿にて最初の宿品川板橋千住のたくひは番所の印を見しり、夫より先きは誰々隣宿の印さへ見すれは事済むなり、右の印之なき人は決して宿す可らすと定むへし、
書き下し
この路引は明朝の法なり、明朝にて国境々々に関所ありて、切手を以て之を越ゆるなり、今之を用ひて御城下の周り田舎へ取り付所木戸を付け、番を置き入る人を搆はす、出つる人を路引を改むへし、出つる人の路引は武家屋敷ならは一町々々の肝煎の印、大名屋敷は一屋敷々々々の印、町は前に云ひたる奉行一支配の内名主を月替りにしてなりとも印を押さしむへし、尤も人数姓名荷物の品何方より何方まて通ると云ふことを記すへし、道中にては明朝の飛脚の法を以て一宿々々にて問屋のつき印をとるへし、然れは江戸はづれの番所にては印鑑を以て改むへし、道中宿にて最初の宿品川板橋千住のたくひは番所の印を見しり、夫より先きは誰々隣宿の印さへ見すれは事済むなり、右の印之なき人は決して宿す可らすと定むへし、
現代語訳
この路引は明朝の法である。明朝では国境ごとに関所があって、切手によってこれを越えるのである。今これを用いて、御城下の周りの田舎へ取りつく所に木戸をつけ、番を置き、入る人は構わず、出る人の路引を改めるべきである。出る人の路引は、武家屋敷ならば一町ごとの肝煎の印、大名屋敷は一屋敷ごとの印、町は前に述べた奉行一支配の内の名主を月替わりにしてでも印を押させるべきである。もちろん人数・姓名・荷物の品・どこからどこまで通るということを記すべきである。道中では明朝の飛脚の法によって、一宿ごとに問屋の付け印を取るべきである。そうすれば江戸はずれの番所では、印鑑(印影の見本)によって改めるべきである。道中の宿では、最初の宿である品川・板橋・千住の類は番所の印を見知り、それより先は、隣の宿の印さえ見せれば事が済むのである。右の印のない人は決して泊めてはならないと定めるべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「離婁の明、公輸子の巧も、規矩を以てせざれば、方員を成すこと能わず。師曠の聰も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能わず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能わず。今、仁心仁聞有りて、而も民其の澤を被らず、後世に法る可からざる者は、先王の道を行わざればなり。故に曰く、『徒善は以て政を為すに足らず、徒法は以て自ら行わるること能わず。』詩に云う、『愆らず忘れず、舊章に率い由る。』先王の法に遵いて過つ者は、未だ之れ有らざるなり。聖人既に目の力を竭くし、之に繼に規矩準繩を以てす。以て方員平直を為すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に耳力を竭くし、之に繼ぐに六律を以てす。五音を正すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に心思を竭くし、之に繼ぐに人に忍びざるの政をを以てす。而うして仁天下を覆う。故に曰く、『高きを為すには、必ず丘陵に因り、下きを為すには、必ず川澤に因る。』政を為すに、先王の道に因らずんば、智と謂う可けんや。是を以て惟だ仁者のみ宜しく高位に在るべし。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を衆に播するなり。上に道揆無く、下に法守無く、朝は道を信ぜず、工は度を信ぜず、君子は義を犯し、小人は刑を犯して、國の存する所の者は幸いなり。故に曰く、『城郭完からず、兵甲多からざるは、國の災いに非ざるなり。田野辟けず、貨財聚まらざるは、國の害に非ざるなり。』上、禮無く、下、學無ければ、賊民興り、喪ぶること日無けん。詩に曰く、『天の方に蹶(くつがえす)えさんとする、然く泄泄すること無かれ。』泄泄とは、猶ほ沓沓のごときなり。君に事えて義無く、進退禮無く、言えば則ち先王の道を非る者は、猶ほ沓沓のごときなり。故に曰く、『難きを君に責む、之を恭と謂う。善を陳べ邪を閉づる、之を敬と謂う。吾が君能わずとす、之を賊と謂う。』」
-
史記 循吏列伝楚の民の俗庳車を好む、王以為へらく庳車は馬に便ならずと、令を下して之を高くせしめんと欲す。相曰く、「令数々下れば、民従ふ所を知らず、不可なり。王必ず車を高くせんと欲せば、臣請ふ閭里に教へて其の梱を高くせしめん。車に乗る者は皆君子なり、君子は数々車を下ること能はず」と。王之を許す。居ること半歳にして、民悉く自ら其の車を高くす。此れ教へずして民其の化に従ひ、近き者は視て之に效ひ、遠き者は四面より望みて之に法るなり。
-
李衛公問対・卷下分かつべくして分たざるは、縻軍と為る。聚まるべくして聚まらざるは、孤旅と為る。
-
李衛公問対・卷上制有るの兵は、能無きの将なるも、敗る可からざるなり。制無きの兵は、能有るの将なるも、勝つ可からざるなり。
-
孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
-
『韓非子』定法第四十三君術無ければ則ち上に弊われ、臣法無ければ則ち下に亂る。此れ一も無かる可からず、皆な帝王の具なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る