李衛公問対 / 卷上
有制之兵,無能之將,不可敗也;無制之兵,有能之將,不可勝也。
新字:有制之兵,無能之将,不可敗也;無制之兵,有能之将,不可勝也。
書き下し
制有るの兵は、能無きの将なるも、敗る可からざるなり。制無きの兵は、能有るの将なるも、勝つ可からざるなり。
現代語訳
規律が保たれた軍勢は、たとえ将に能力がなくても、簡単には敗れない。規律を欠いた軍勢は、たとえ将に能力があっても、勝つことはできない。
解説
将の個人的な才能よりも、組織としての規律のほうが強さを左右するという李靖の指摘である。優れた指揮官がいれば安心というのは半分の真実に過ぎず、現場に規律がなければその力は活きない。会社やチームでも、リーダー一人が優秀であることよりも、日々の仕組みや取り決めが機能しているかどうかが、結局は結果を左右する。誰か一人の力量に頼り切る体制の危うさを、静かに映し出す言葉である。
この章句が説くこと
規律仕組み組織力
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