政談 / 路引の事
その宿々の近所の村々にては其近所の所と印鑑を交換し置く時は事濟むなり、又江戶近隣の村々より江戶へ用達に來るものは出るときの爲め計りなれば、名主より木札にても渡し置き證據とすべし、諸大名の城下も右の通りなるべし、されば人本街道を通らずして脇道をすることは决してならぬなり、但し是皆戶籍の法を篤と定めたる上のことなり、斯の如く法を立てたるときは旅をすること餘程不自由なるべし、當時は餘り自由なれば害多きなり、當時箱根の切手も女切手の外は埓もなきことなり、但し戶籍の法さへ丈夫に立つときは先きの行きとまりなき故、此法はなくとも可なりに事濟むべきか、
新字:その宿々の近所の村々にては其近所の所と印鑑を交換し置く時は事済むなり、又江戸近隣の村々より江戸へ用達に来るものは出るときの為め計りなれば、名主より木札にても渡し置き証拠とすべし、諸大名の城下も右の通りなるべし、されば人本街道を通らずして脇道をすることは決してならぬなり、但し是皆戸籍の法を篤と定めたる上のことなり、斯の如く法を立てたるときは旅をすること余程不自由なるべし、当時は余り自由なれば害多きなり、当時箱根の切手も女切手の外は埓もなきことなり、但し戸籍の法さへ丈夫に立つときは先きの行きとまりなき故、此法はなくとも可なりに事済むべきか、
書き下し
その宿々の近所の村々にては其近所の所と印鑑を交換し置く時は事済むなり、又江戸近隣の村々より江戸へ用達に来るものは出るときの為め計りなれば、名主より木札にても渡し置き証拠とすべし、諸大名の城下も右の通りなるべし、されば人本街道を通らずして脇道をすることは決してならぬなり、但し是皆戸籍の法を篤と定めたる上のことなり、斯の如く法を立てたるときは旅をすること余程不自由なるべし、当時は余り自由なれば害多きなり、当時箱根の切手も女切手の外は埓もなきことなり、但し戸籍の法さへ丈夫に立つときは先きの行きとまりなき故、此法はなくとも可なりに事済むべきか、
現代語訳
その宿々の近所の村々では、その近所の所と印鑑を取り交わしておけば事が済むのである。また江戸近隣の村々から江戸へ用足しに来る者は、出るときのためだけなので、名主から木札でも渡しておいて証拠とすべきである。諸大名の城下もこのとおりであるべきである。そうなれば、人が本街道を通らずに脇道をすることは決してできなくなる。ただし、これはみな戸籍の法をしっかり定めたうえでのことである。このように法を立てたときは、旅をするのはよほど不自由になるだろう。今はあまりに自由なので害が多いのである。今の箱根の切手も、女切手のほかはらちもないことである。ただし戸籍の法さえ丈夫に立てば、先に行き場がないので、この法はなくとも、それなりに事が済むのではないか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』路引の事この路引は明朝の法なり、明朝にて国境々々に関所ありて、切手を以て之を越ゆるなり、今之を用ひて御城下の周り田舎へ取り付所木戸を付け、番を置き入る人を搆はす、出つる人を路引を改むへし、出つる人の路引は武家屋敷ならは一町々々の肝煎の印、大名屋敷は一屋敷々々々の印、町は前に云ひたる奉行一支配の内名主を月替りにしてなりとも印を押さしむへし、尤も人数姓名荷物の品何方より何方まて通ると云ふことを記すへし、道中にては明朝の飛脚の法を以て一宿々々にて問屋のつき印をとるへし、然れは江戸はづれの番所にては印鑑を以て改むへし、道中宿にて最初の宿品川板橋千住のたくひは番所の印を見しり、夫より先きは誰々隣宿の印さへ見すれは事済むなり、右の印之なき人は決して宿す可らすと定むへし、
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『政談』路引の事さて路引と云ことは惣して旅人道中の切手なり、右の戸籍にて世界中の人の在所極まる故、他所の人紛れ入るへきやう日本国中に曽てなけれとも、道中を往来する間にしるしなけれは私かに諸国へ迯てゆく気遣あり、古三代のときは諸侯の国々に関所ありて、関所を越ゆるには繻と云もの有りて之を証拠にす、日本の古も関所国々に在り、三関国を始めとして国々に関有る故、和歌の名所にも関の名夥し、関所を通るには過所と云ふ切手あり、今も京に過所船と云ふことあるは、元来過所を渡し置きて関所の往来を自由にさせたる船を云ふか、今は船の名となれり、
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『政談』旅人を其の所に留置締りの事若し他国より養子合はせの婿に来る者は先きの人別を除きて此の方の人別に入ることなれば、奉行所へ届くべし、総して右の旅人一泊りも隔りたる所より来らば路引あるべし、路引なきは差置くべからざるなり、又添状を請けたるもの又添状を出だして先きより先きに之を遣はすべからず、本在所の添状に其の訳頼み来らば苦しからず、先きにて三年の年数過ぎたらば本在所より添状を請けたる所にて之を差置くべからず、本在所にても所を出でゝ三年の年数過ぎは奉行所へ届くべきなり、斯の如く法を立つることは日本国中の人を江戸も田舎も皆所を定めて是はいづくの人と云ふことを極むる仕方なり、されば子孫まで永々其の所に住して当時のことく他国と混乱させす、自由に他国の人となることを禁制するとき、日本国中の人皆所を定めて其の所の土になりつく故、人たるものに皆頭支配ありて離れものと云ふものは一人もなく、是に依りて紛れ者と云ふは曽て之なき也、
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『政談』旅人を其の所に留置締りの事旅人は其の人の本在所より縁故を以て添状を持ち来らば名主へ断り置くべし、親類近付ならば添状に及ばず、名主へ断り置くべし、何れも其の在所を出るときも其の所の名主へ断るべし、事ある時は添状あるは添状を出したる人の科になり、添状なきは相対なる故其の旅人を請たる者の科になることなれば、名主委細の詮議に及ばず聴届くべきなり、其旅人商人なとにて暫く店を持ことならば、其添状を請たるものより請判をすべし、何れも他国逗留三年を過ぐべからず、人旅人に妻を持すること有べからず、人の古郷を離れて他国の人となることは道先きにて身上を固むる故なり、この二色は名主の世話にして堅く禁ずべし、
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『政談』浪人並に道心者締り等の事右の如く戸籍の法を立つるとき、人の品様々あるによりて差支あるべし、浪人と云ふもの元来は武家に奉公して、其の主人の人別にむすひこれあるところ、いま夫を離れぬれば有付くまでは何れの町村にありとも離れものにて、全体旅人の心なり、左れども帰るべき郷里もなければとも申し難し、たゞ浪人と立てゝ何方に在りとも店賃のさばきなるべし、親類近付の請判にて差置くこと、別に当時の仕方と替りあるまじ、道心者と申すもの頭も之なく締りなき者なり、されども是亦精くは孤独のたぐひにて、畢竟究民のなるものなれば詮方もなし、剃髪の師の付け届けを以て之も常の店持同然なるべし、寺方の隠居旅僧のたぐひは寺社門前に限り差置くべきなり、
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『政談』當時困窮を改むる道古三代の制度を考へ定むべき事制度のことは先差措き末に至りて申すへし、先つ旅宿の所を言はゝ諸大名一年替りに御城下に詰め居れは一年は並の旅宿なり、其妻は常に江戸なる故常住の旅宿なり、御旗本の武士も常に江戸にて常住の旅宿なり、諸大名の家中も大方は其城下に集まり居て、面々の地行所に居らされは旅宿成る上、近年は江戸勝手の家来次第に多く成る、これをこの武士と云はるゝほとのものゝ旅しゆくならぬは一人もなし、諸国の民の工商の業をするものも、ぼていふり、日用取りなとの游民も、在所を離れて御城下に集まる者、年々にいやましにて、旅宿をも旅宿と心得るときは物入りも少なきことなるを、江戸中のもの旅宿と云ふ心は夢にも付かす、旅宿を常住と心得る故暮しの物入り莫大にして、武士の知行は皆商人に吸取らるゝなり、
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