呻吟語 / 内篇・修身・鄉に縉紳有るは鄉の殃なり
古者鄉有縉紳,家邦受其庇蔭,士民視為準繩。今也鄉有縉紳,增家邦陵奪勞費之憂,開土民奢靡浮薄之俗。然則鄉有縉紳,鄉之殃也,風教之蠹也。吾黨可自愧自恨矣。
新字:古者郷有縉紳,家邦受其庇蔭,士民視為準縄。今也郷有縉紳,增家邦陵奪労費之憂,開土民奢靡浮薄之俗。然則郷有縉紳,郷之殃也,風教之蠹也。吾党可自愧自恨矣。
書き下し
古は鄉に縉紳有れば、家邦其の庇蔭を受け、士民視て準繩と為す。今や鄉に縉紳有れば、家邦に陵奪勞費の憂ひを增し、士民に奢靡浮薄の俗を開く。然らば則ち鄉に縉紳有るは、鄉の殃なり、風教の蠹なり。吾が黨自ら愧ぢ自ら恨む可きなり。
現代語訳
昔は郷里に高官経験者がいれば、その家も国もその庇護を受け、士や民は彼を手本としました。今は郷里に高官経験者がいれば、その家も国も奪われ費やされる憂いが増し、士や民には奢りと軽薄の風が開かれます。とすれば郷里に高官がいることは、郷里にとっての災いであり、風俗と教えを食う虫です。我々は自ら恥じ、自ら恨むべきです。
解説
郷里の名士という存在を、庇護者から災厄へと反転させます。昔は手本だったものが、今は負担と悪風の源になった。しかも批判の対象は自分たちであり、吾が党と名指しして恥じよと言います。地位を退いた後に地元で何をしているかという、当時の士大夫社会の実際を突いた一段です。地位を退いた後の振る舞いを問う、痛烈な自己批判です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
郷里名士庇護負担自責
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