三十六計 / 第二套 敵戰計・第 九 計・隔岸觀火
陽乖序亂,陰以待逆。暴戾恣睢,其勢自斃。順以動豫,豫順以動。 【按語】乖氣浮張,逼則受擊,退則遠之,則亂自起。昔袁尚、袁熙奔遼東,眾尚有數千騎。初,遼東太守公孫康,恃遠不服。及曹操破烏丸,或說曹遂征之,尚兄弟可擒也。操曰:「吾方使斬送尚、熙首來,不煩兵矣。」九月,操引兵自柳城還,康即斬尚、熙,傳其首。諸將問其故,澡日:「彼素畏尚等,吾急之, 則並力; 緩之,則相圖,其勢然也。」或曰:此兵書火攻之道也,按兵書《火攻篇》前段言火攻之法,後段言慎動之理,與隔岸觀火之意,亦相吻合。
新字:陽乖序乱,陰以待逆。暴戻恣睢,其勢自斃。順以動予,予順以動。 【按語】乖気浮張,逼則受撃,退則遠之,則乱自起。昔袁尚、袁熙奔遼東,衆尚有数千騎。初,遼東太守公孫康,恃遠不服。及曹操破烏丸,或説曹遂征之,尚兄弟可擒也。操曰:「吾方使斬送尚、熙首来,不煩兵矣。」九月,操引兵自柳城還,康即斬尚、熙,伝其首。諸将問其故,澡日:「彼素畏尚等,吾急之, 則並力; 緩之,則相図,其勢然也。」或曰:此兵書火攻之道也,按兵書《火攻篇》前段言火攻之法,後段言慎動之理,与隔岸観火之意,亦相吻合。
書き下し
陽乖き序亂るれば、陰以て逆を待つ。暴戾恣睢なれば、其の勢自ら斃る。順以て動き豫(たの)しみ、豫順以て動く。 【按語】乖氣浮張す。逼れば則ち撃たれ、退けば則ち遠ざかり、則ち亂自ら起こる。昔、袁尚、袁熙、遼東に奔る。衆尚ほ數千騎有り。初め、遼東太守公孫康、遠きを恃みて服せず。曹操の烏丸を破るに及び、或ひと曹に之を征するを説く。尚が兄弟、擒ふべきなり、と。操曰く、「吾れ方に尚、熙の首を斬りて送り來らしめん、兵を煩はさざるなり」と。九月、操兵を引きて柳城より還る。康即ち尚、熙を斬り、其の首を傳ふ。諸將其の故を問ふ。操曰く、「彼れ素より尚等を畏る。吾れ之を急にすれば、則ち力を並す。之を緩にすれば、則ち相圖る。其の勢然るなり」と。或ひと曰く、此れ兵書の火攻の道なり、と。按ずるに兵書の火攻篇、前段は火攻の法を言ひ、後段は動くを慎むの理を言ふ。隔岸觀火の意と、亦た相吻合す。
現代語訳
陽(表)が乱れて秩序が崩れたとき、陰(裏)で逆らう動きが出てくるのを待つ。乱暴でわがままに振る舞う者は、その勢いのままに自ら倒れる。順に従って動くことで楽しみ、楽しみは順に従って動くことから生まれる。 【按語】敵の側に不和の気が浮き出ています。追い詰めれば反撃され、退いて距離を置けば、内部の乱れは自然に起こります。昔、袁尚と袁熙は遼東に逃れました。そのとき配下はまだ数千騎ありました。遼東太守の公孫康は、遠いことを頼みにして曹操に従っていませんでした。曹操が烏丸を破ると、ある人が曹操に遼東を攻めることを勧め、袁尚の兄弟は捕らえられると言いました。曹操は言いました。「私はまさに、公孫康に袁尚・袁熙の首を斬って送ってこさせる。兵を煩わせなくてよいのだ」と。九月、曹操は兵を率いて柳城から引き上げました。公孫康はすぐに袁尚・袁熙を斬り、その首を送ってきました。諸将がそのわけを尋ねると、曹操は言いました。「彼は元々、袁尚たちを恐れている。私が急に攻めれば力を合わせるが、緩めれば互いに謀り合う。その形勢はそうなるのだ」と。ある人は言います。これは兵書にある火攻の道であると。考えるに、兵書の火攻篇は前半で火攻の方法を述べ、後半で軽率に動くことを慎む理を述べています。隔岸観火の意とも、よく合っています。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』三国権初め、遼東太守公孫康、遠きを恃みて服せず。袁尚・袁熙、之に依る。太祖の烏丸を破るに及び、或るひと公に説く「遂に之を征せば、尚兄弟擒にすべし」と。公曰く「吾、方に康をして尚・熙の首を送らしめん。兵を煩わさず」と。九月、公、軍を引きて柳城より還る。康即ち尚・熙を斬りて首を送る。衆将問いて曰く「公還りて、康、尚・熙を斬り送るは何ぞや」と。公曰く「彼は素より尚等を畏る。吾之を急にすれば、則ち力を并せ、之を緩くすれば、則ち自ら相図る。其の勢い然るなり」と。
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『長短経』蛇勢袁尚既に敗れ、遂に遼東に奔る。衆数千有り。初め、遼東太守公孫康、遠きを恃みて服せず。曹公既に烏丸を破る。或るひと公に説く「遂に之を征せば、尚兄弟擒にすべし」と。公曰く「吾方に康をして尚・熙の首を斬り送らしめん。兵を煩わさず」と。公兵を引きて還る。康果たして尚・熙を斬り送り、其の首を伝う。諸将或いは問いて曰く「公還りて康尚・熙を斬るは、何ぞや」と。公曰く「彼素より尚・熙を畏る。其れ之を急にすれば、則ち力を并せ、之を緩くすれば、則ち自ら相図る。其の勢い然るなり」と。
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『智囊』億中・曹操何進、袁紹と宦官を誅せんことを謀るも、何太后聴かず。進は乃ち董卓を召し、兵を以て太后を脅さんと欲す。曹操聞きて之を笑い、曰く、「閹豎の官は、古今宜しく有るべし。但だ世主は当に之に権寵を仮して、此に至らしむべからず。既に其の罪を治めんとせば、当に元悪を誅すべし、一獄吏にて足れり、何ぞ必ずしも紛紛と外将を召さんや。尽く之を誅さんと欲せば、事は必ず宣露せん、吾は其の敗を見る」と。卓未だ至らずして進は殺さる。袁尚・袁熙は遼東に奔り、尚お数千騎有り。初め、遼東太守公孫康は遠きを恃みて服せず、操が烏丸を破るに及び、或ひと操に説きて遂に之を征せば、尚の兄弟は擒にすべしと。操曰く、「吾は方に康をして尚・熙の首を斬り送らしめんとす。兵を煩わさず」と。九月、操、兵を引きて柳城より還る。康は即ち尚・熙を斬り、其の首を伝う。諸将其の故を問う。操曰く、「彼は素より尚らを畏る。吾之を急にせば則ち力を並せ、之を緩にせば則ち相い図る。其の勢い然り」と。
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