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柳子新論抄録 / 文武・文と武は秤の両端である

柳子曰。政之移于關東也。鄙人奪其威。陪臣弄其權。爾來五百有餘年矣。唯知尙武。不知尙文之弊。禮樂並壞。士不勝其鄙倍。尙武之弊。刑罰孤行。民不勝其苛刻。俗吏乃謂。用文之迂。不如保武之愈。爲禮之難。不如爲刑之易。古何足以稽。道何足以學也。是特蠻夷之言耳。殊不知。有文事者。必有武備。禮樂之敎。强禦無當、卒古之簡。而由道之易也。且夫文武。譬猶權衡也。一昂一低。治亂乃知。一重一輕。盛衰乃見。奚可以偏廢哉。是故文武之於天下也。一張一弛。剛柔迭擧。一動一靜。强弱並行。而後能平均四海。民樂其樂。利其利。人到于今。無不稱德也。詩云。濟々多士。文王以寧。文王所以爲文也。赳々武夫。公侯干城、武王所以爲武也。若其有武王之武。而無文王之文。則何以見夫郁々乎哉。有文王之文。而無武王之武。亦何以見夫赫々乎哉。文武之不可以偏廢。豈不昭々乎。即今之人。生不執一經者。寐思寤思焉。知其然。不知而言之。非妄則狂。固不足掛齒牙也。雖然天下民。憒々不勝其鄙。惱々不勝其刻者。吾奚忍坐而視之哉。殺身成仁。君子之所不辭也。今夫文之照々者、禮樂無斯爲盛。而輓近鄙陋之俗。乃謂不近人情也。冠昏喪祭。或不見其目。琴瑟竽笙。或不見其器。國無養老之禮。鄕無飲酒之法。

新字:柳子曰。政之移于関東也。鄙人奪其威。陪臣弄其権。爾来五百有余年矣。唯知尚武。不知尚文之弊。礼楽並壊。士不勝其鄙倍。尚武之弊。刑罰孤行。民不勝其苛刻。俗吏乃謂。用文之迂。不如保武之愈。為礼之難。不如為刑之易。古何足以稽。道何足以学也。是特蠻夷之言耳。殊不知。有文事者。必有武備。礼楽之教。強禦無当、卒古之簡。而由道之易也。且夫文武。譬猶権衡也。一昂一低。治乱乃知。一重一軽。盛衰乃見。奚可以偏廃哉。是故文武之於天下也。一張一弛。剛柔迭挙。一動一静。強弱並行。而後能平均四海。民楽其楽。利其利。人到于今。無不称徳也。詩云。済々多士。文王以寧。文王所以為文也。赳々武夫。公侯干城、武王所以為武也。若其有武王之武。而無文王之文。則何以見夫郁々乎哉。有文王之文。而無武王之武。亦何以見夫赫々乎哉。文武之不可以偏廃。豈不昭々乎。即今之人。生不執一経者。寐思寤思焉。知其然。不知而言之。非妄則狂。固不足掛歯牙也。雖然天下民。憒々不勝其鄙。悩々不勝其刻者。吾奚忍坐而視之哉。殺身成仁。君子之所不辞也。今夫文之照々者、礼楽無斯為盛。而輓近鄙陋之俗。乃謂不近人情也。冠昏喪祭。或不見其目。琴瑟竽笙。或不見其器。国無養老之礼。郷無飲酒之法。

書き下し

柳子曰く、政の關東に移るや、鄙人其の威を奪ひ、陪臣其の權を弄す。爾來五百有餘年なり。唯だ武を尙ぶを知りて、文を尙ぶを知らざるの弊あり。禮樂並びに壞れ、士は其の鄙倍に勝へず。武を尙ぶの弊は、刑罰孤り行はれ、民は其の苛刻に勝へず。俗吏乃ち謂ふ、文を用ゐるの迂なるは、武を保つの愈れるに如かず、禮を爲すの難きは、刑を爲すの易きに如かず、古何ぞ以て稽ふるに足らん、道何ぞ以て學ぶに足らんやと。是れ特に蠻夷の言のみ。殊に知らず、文事有る者は必ず武備有り、禮樂の敎は、强禦當たる無きを、卒に古の簡にして、道に由るの易きなるを。且つ夫れ文武は、譬へば猶ほ權衡のごときなり。一昂一低、治亂乃ち知り、一重一輕、盛衰乃ち見ゆ。奚ぞ以て偏廢すべけんや。是の故に文武の天下に於けるや、一張一弛、剛柔迭ひに擧げ、一動一靜、强弱並び行はれて、而る後能く四海を平均にし、民其の樂を樂しみ、其の利を利とし、人今に到るまで、德を稱せざる無きなり。詩に云ふ、濟々たる多士、文王以て寧しと。文王の文たる所以なり。赳々たる武夫、公侯の干城と、武王の武たる所以なり。若し其れ武王の武有りて、文王の文無くんば、則ち何を以て夫の郁々を見んや。文王の文有りて、武王の武無くんば、亦何を以て夫の赫々を見んや。文武の以て偏廢すべからざる、豈に昭々たらずや。即今の人、生まれて一經を執らざる者は、寐ても思ひ寤めても思ふ。其の然るを知りて、知らずして之を言ふは、妄に非ざれば則ち狂なり、固より齒牙に掛くるに足らざるなり。然りと雖も天下の民、憒々として其の鄙に勝へず、惱々として其の刻に勝へざる者、吾奚ぞ坐して之を視るに忍びんや。身を殺して仁を成すは、君子の辭せざる所なり。今夫の文の照々たる者は、禮樂は斯れより盛んなるは無し。而るに輓近鄙陋の俗、乃ち人情に近からずと謂ふ。冠昏喪祭、或いは其の目を見ず、琴瑟竽笙、或いは其の器を見ず、國に養老の禮無く、鄕に飲酒の法無し。

現代語訳

柳子(著者の山縣大貳)は言います。政治の実権が関東(幕府)に移ってから、身分の低い者が威を奪い、家臣の家臣が権力をもてあそぶようになり、それ以来五百年余りになります。ただ武を尊ぶことだけを知り、文を尊ぶことを知らない弊害があり、礼と楽はともに崩れ、士は自分たちの野卑と道理への背きに耐えられない有様です。武を尊ぶ弊害として、刑罰だけが単独で行われ、民はその苛酷さに耐えられません。俗吏は言います。文を用いるのは回り道で、武を保つほうがまさっている。礼を行うのは難しく、刑を行うほうが易しい。昔のことなど調べる価値があろうか、道など学ぶに値しようか、と。これは野蛮な者の言葉にすぎません。彼らは、文事のある者には必ず武の備えがあり、礼楽の教えには強敵も当たりえないこと、結局は古の道が簡素で、道に従うことが易しいことを少しも知りません。そもそも文と武は、たとえば秤のようなものです。一方が上がり一方が下がるところに治乱が知られ、一方が重く一方が軽いところに盛衰が現れます。どうして一方だけを捨てられましょうか。ですから天下における文と武は、張ったり緩めたりし、剛と柔を交互に挙げ、動と静、強と弱を並び行って、はじめて世界を平らかにでき、民はその楽しみを楽しみ、利を利とし、人々は今に至るまで徳をたたえるのです。詩経には「立派な多くの士がいて、文王は安らかである」とあり、これが文王の文たる理由です。「勇ましい武人は、諸侯の守りの盾」とあり、これが武王の武たる理由です。もし武王の武があって文王の文がなければ、どうして盛んな文化の輝きを見られるでしょうか。文王の文があって武王の武がなければ、どうして赫々たる威光を見られるでしょうか。文武を片方だけ捨ててはならないことは、明らかではありませんか。今の人で、生涯一冊の経書も手に取らない者は、寝ても覚めても(武のことを)思っています。(文の大事さを)知らずに論じるのは、でたらめか狂気であり、取り上げるに足りません。とはいえ、天下の民が、心が乱れて野卑に耐えられず、悩み苦しんで苛酷さに耐えられないのを、私は座って見ていられるでしょうか。身を殺して仁を成すことは、君子が辞退しないところです。文が明らかに輝く姿は、礼楽に勝るものはありません。ところが近ごろの野卑な風潮は、それを人情に合わないと言います。冠婚葬祭は、その項目すら見られず、琴や笙などの楽器も見られず、国には老人を養う礼がなく、郷には酒の席の作法がありません。

解説

江戸中期の儒者である山縣大貳(柳子)は、文と武を秤の両端にたとえ、武ばかりに偏れば刑罰だけが先に立って民が苦しむと論じました。ここには幕府への批判の意図も読み取れますが、歴史的な文脈として受け止めておきます。現代の組織に置き換えると、数字や規律の締めつけばかりを強めて、理念や作法、人を育てる仕組みを後回しにすれば、現場は疲弊するという教訓になります。成果を追う力と、人を導く礼や対話の力は、どちらかを捨てずに釣り合わせたいものです。

この章句が説くこと

柳子新論抄録山県大貳文武礼楽刑罰バランス

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