留魂録 / 第六条
一、要諫一條ニ付、事不遂時ハ鯖矦ト刺違テ死シ、警衛ノ者要蔽スル時ハ切拂ヘキトノ事、実ニ吾カ云ハサル所ナリ、然ルニ三奉行強テ書載シテ誣服セシメント欲ス、誣服ハ吾肯テ受ンヤ、是ヲ以テ十六日書判ノ席ニ臨テ、石谷池田ノ両奉行ト大ニ爭辨ス、吾肯テ一死ヲ惜マンヤ、両奉行ノ權詐ニ伏セサルナリ、是ヨリ先九月五日、十月五日両度ノ吟味ニ吟味マテ具ニ申立死ヲ決要諫ス、必シモ刺違切拂等ノ策アルニ非ズ、吟味役具是ヲ諾シテ、而モ且口書ニ書載スルハ權詐ニ非スヤ、
新字:一、要諫一条ニ付、事不遂時ハ鯖矦ト刺違テ死シ、警衛ノ者要蔽スル時ハ切払ヘキトノ事、実ニ吾カ云ハサル所ナリ、然ルニ三奉行強テ書載シテ誣服セシメント欲ス、誣服ハ吾肯テ受ンヤ、是ヲ以テ十六日書判ノ席ニ臨テ、石谷池田ノ両奉行ト大ニ争弁ス、吾肯テ一死ヲ惜マンヤ、両奉行ノ権詐ニ伏セサルナリ、是ヨリ先九月五日、十月五日両度ノ吟味ニ吟味マテ具ニ申立死ヲ決要諫ス、必シモ刺違切払等ノ策アルニ非ズ、吟味役具是ヲ諾シテ、而モ且口書ニ書載スルハ権詐ニ非スヤ、
書き下し
一、要諫一条に付き、「事遂げざる時は鯖侯と刺し違へて死し、警衛の者要蔽する時は切り払ふべき」との事、実に吾が云はざる所なり。然るに三奉行強ひて書載して誣服せしめんと欲す。誣服は吾肯へて受けんや。是れを以て十六日書判の席に臨みて、石谷・池田の両奉行と大いに争弁す。吾肯へて一死を惜しまんや、両奉行の権詐に伏せざるなり。是れより先、九月五日・十月五日両度の吟味に、吟味役まで具に申し立て、死を決して要諫す、必ずしも刺し違へ・切り払ひ等の策あるに非ず。吟味役具に是れを諾して、而も且つ口書に書載するは権詐に非ずや。
現代語訳
待ち受けて諫める件について、「事が遂げられないときは鯖江侯と刺し違えて死に、護衛の者が遮ったときは切り払うつもりだった」ということは、私が決して言っていないことである。それなのに三奉行は無理にそれを書き入れて、事実でない罪を認めさせようとした。偽りの罪を私がどうして受け入れようか。そこで十六日の書き判の席で、石谷・池田の両奉行と大いに言い争った。私は死を惜しむのではない。両奉行のごまかしに屈しないのである。これより先、九月五日と十月五日の二度の取り調べで、吟味役にまで詳しく申し立て、死を覚悟して諫めるつもりであって、刺し違えや切り払いの策などがあったわけではないと述べた。吟味役も詳しくそれを承知していながら、なお供述書に書き入れるのは、ごまかしではないか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『講孟余話』告子下 第二章此の章、徐行疾行を以て孝弟を論じ、言行衣服を以て堯桀を分つ。言浅近なりと云へども、其の然る所以の故を求めば、性の本然道の全体具に茲に存するは勿論なり。然れども心を舎てて言行を論ずるは至論に非ず。若し此の論のみを信ぜば、巧言令色、足恭色荘の者を以て孝弟とし、堯舜とするの誤りあらん。又或は義外の説に陥り、道を以て偽となすに近からん。是れ亦思はざるべからず。故に註に「詳らかにするに曹交の間、浅陋麤率、必ず其の進見の時、礼貌衣冠言動の間、多く礼に循はず、故に孟子之に告ぐること此の両節の如し」と云ふとあり。然れども曹交の浅陋麤率専ら言語上に於て求むべからず。唯言語外に於て其の精神を想像すべし。然らずんば十尺九尺の言浅陋の如しと云へども、上篇第七章足口耳目の喩の如きも亦相類すと云ふべし。故に其の浅陋の所は十尺九尺に非ず、其の言語動作の間少しも精神なきのみ。又梁襄王を以て曹交に比し、其の優劣を臆度せんに、襄王は小才ありて絶えて実心なし。曹交は遅鈍の極みと云へども、却つて少しの実心あり。故に襄王は必ず事を誤る人なり。曹交に至りては却つて大誤なかるべし。千古の人を懸空に論ずるは無益なれども、亦致格の一端ならんか。
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『格言聯璧』處事類・天下に化すべからざるの人無し眞實の肝膽を以て人を待てば、事未だ必ずしも功を成さずと雖も、日後人必ず我の肝膽を見ん。 詐偽の心腸を以て事に處すれば、人即ひ一時惑ひを受くるも、日後人必ず我の心腸を見ん。 天下に化すべからざるの人無し、但だ誠心の未だ至らざるを恐る。 天下に爲すべからざるの事無し、只だ立志の堅からざるを怕る。
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史記 扁鵲倉公列伝時に未だ往かざるに、会々慶の子男殷来りて馬を献ず。師光に因りて馬を王の所に奏す。意故を以て殷と善きを得たり。光又意を殷に属して曰く、『意は数を好む。公必ず謹みて之を遇せよ。其の人は聖儒なり』と。即ち書を為りて意を以て陽慶に属す。故を以て慶を知る。臣意慶に事ふること謹む。故を以て意を愛するなり」と。臣意に問ひて曰く、「吏民嘗て事として意の方を学び、及び畢く尽く意の方を得たるもの有りや不や。何れの県里の人ぞ」と。対へて曰く、「臨菑の人宋邑。邑学ぶ。臣意教ふるに五診を以てすること、歳余。済北王太医高期・王禹を遣はして学ばしむ。臣意教ふるに経脈の高下及び奇絡の結、当に俞の居る所を論ずべきこと、及び気の当に上下出入すべき邪正逆順、以て鑱石に宜しきこと、砭灸の処を定むることを以てすること、歳余。菑川王時に太倉の馬長馮信を遣はして方を正さしむ。臣意教ふるに案法逆順、薬法を論じ、五味及び和斉湯法を定むることを以てす。高永侯の家丞杜信、脈を喜み、来り学ぶ。臣意教ふるに上下経脈五診を以てすること、二歳余。臨菑の召里の唐安来り学ぶ。臣意教ふるに五診上下経脈、奇咳、四時陰陽に応ずるの重を以てす。未だ成らずして、除せられて斉王の侍医と為る」と。臣意に問ふ、「病を診し死生を決するに、能く全く失無きか」と。臣意対へて曰く、「意病人を治するに、必ず先づ其の脈を切して、乃ち之を治す。敗逆なる者は治すべからず。其の順なる者は乃ち之を治す。心脈に精しからず、期する所の死生、治すべきを視るに、時時之を失す。臣意全くする能はざるなり」と。太史公曰く、女は美悪と無く、宮に居れば妒まる。士は賢不肖と無く、朝に入れば疑はる。故に扁鵲は其の伎を以て殃せられ、倉公乃ち跡を匿して自ら隠れて刑に当たる。緹縈尺牘を通じ、父以て後に寧きを得たり。故に老子曰く、「美好なる者は不祥の器なり」と。豈に扁鵲等を謂ふか。倉公の若き者は、之に近しと謂ふべし。手の三陽の脈は、手より頭に至るまで長さ五尺、五六合して三丈。
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