留魂録 / 第四条
一、此回ノ口書甚草々ナリ、七月九日一通リ申立タル後、九月五日、十月五日、両度ノ呼出モ差タル鞠問モナクシテ、十月十六日ニ至リ、口書読聞セアリテ、直ニ書判セヨトノ事ナリ、余カ苦心セシ墨使應接、航海雄略等ノ論一モ書載セス、唯数ヶ所開港ノ事ヲ程克申延テ、国力充実ノ後御打拂可然ナト、吾心ニモ非サル迂腐ノ論ヲ書付テ口書トス、吾言テ益ナキヲ知ル故ニ敢テ云ハス、不滿ノ甚シキ也、甲寅ノ歲航海一条ノ口書ニ比スル時ハ雲泥ノ違ト云フヘシ、
新字:一、此回ノ口書甚草々ナリ、七月九日一通リ申立タル後、九月五日、十月五日、両度ノ呼出モ差タル鞠問モナクシテ、十月十六日ニ至リ、口書読聞セアリテ、直ニ書判セヨトノ事ナリ、余カ苦心セシ墨使応接、航海雄略等ノ論一モ書載セス、唯数ヶ所開港ノ事ヲ程克申延テ、国力充実ノ後御打払可然ナト、吾心ニモ非サル迂腐ノ論ヲ書付テ口書トス、吾言テ益ナキヲ知ル故ニ敢テ云ハス、不満ノ甚シキ也、甲寅ノ歳航海一条ノ口書ニ比スル時ハ雲泥ノ違ト云フヘシ、
書き下し
一、此の回の口書甚だ草々なり。七月九日一通り申し立てたる後、九月五日・十月五日、両度の呼び出しも差したる鞠問もなくして、十月十六日に至り、口書読み聞かせありて、直ちに書判せよとの事なり。余が苦心せし墨使応接・航海雄略等の論、一も書載せず。唯数ヶ所開港の事を程克く申し延べて、国力充実の後御打ち払ひ然るべしなど、吾が心にも非ざる迂腐の論を書き付けて口書とす。吾言うて益なきを知る、故に敢へて云はず。不満の甚しきなり。甲寅の歳航海一条の口書に比する時は雲泥の違ひと云ふべし。
現代語訳
今回の供述書はひどく雑なものであった。七月九日にひととおり申し立てた後、九月五日と十月五日の二度の呼び出しでも、これといった取り調べもなく、十月十六日になって供述書を読み聞かせ、すぐに署名と書き判をせよとのことであった。私が心を砕いたアメリカ使節への応接の策や、海外に乗り出す雄大な策などの論は一つも書かれていない。ただ、数か所の開港のことをほどよく引き延ばし、国力が充実した後に打ち払うべきだなどと、私の本心でもない時代遅れの論を書き付けて供述書としていた。言っても益がないと分かっていたので、あえて何も言わなかった。まことに不満である。安政元年(甲寅)の海外渡航の件の供述書と比べれば、雲泥の差というべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・談道・言ふ無きは即ち隱す無し「予言ふこと無からんと欲す」とは、雅言に非ず、言の顯はす能はざる所の者なり。「吾隱す無きのみ」とは、文辭に非ず、性と天道なり。說かんとすれば便ち說き來たらず、藏さんとすれば也た藏し得ず。然らば則ち言ふ無きは即ち隱す無きなり。學者の自ら悟るに在るのみ。天地何ぞ嘗て言はん、何ぞ嘗て隱さん。是を以て知る、言もて傳ふ可からざる者は、皆な日用事物に流行する者なることを。
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『呻吟語』内篇・修身・言の上乘當に說くべき處に到りて、一句便ち千鈞の力有り。卻って又た激せず疏ならず。此れは是れ言の上乘なり。此を除きては十たび緘するも亦た妨げず。
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『碧巌録』第六十五則此の事若し言句上に在らば、三乗十二分教、豈に是れ言句無からんや。或いは無言便ち是なりと道はば、又何ぞ祖師西来を消ひて什麼をか作さん。只だ従上来の許多の公案の如き、畢竟如何にか其の下落を見ん。這の一則の公案、話会する者少なからず。有る底は喚んで良久と作し、有る底は喚んで拠坐と作し、有る底は喚んで黙然不対と作す。且喜すらくは没交渉なることを。幾曾か摸索し得著し来たらん。此の事其の実、言句上に在らず、亦言句の中を離れず。若し稍擬議有らば、則ち千里万里去らん。看よ他の外道省悟して後、方に知る、亦此に在らず、亦彼に在らず、亦是に在らず、亦不是に在らざることを。且く道へ是れ箇の什麼ぞ。天衣懐和尚頌して云く、「維摩は黙せず良久せず、拠坐して商量すれば過咎と成る。吹毛の匣裏冷光寒く、外道天魔皆拱手す」と。百丈常和尚、法眼に参ず。眼、此の話を看せしむ。法眼一日問ふ、「爾什麼の因縁をか看る」。常云く、「外道問仏の話」。眼云く、「爾試みに挙し看よ」。常、口を開かんと擬す。眼云く、「住めよ住めよ、爾良久の処に向かつて会せんと擬するや」。常、言下に於いて忽然として大悟す。後に示衆して云く、「百丈に三訣有り、喫茶、珍重、歇。擬議して更に思量せば、知る君が猶ほ未だ徹せざることを」と。
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『法句経』第二十五 比丘の部 三六三・三六四 口を制する比丘三六三 比丘若し口を制し、説く所賢善にして、寂静に、義と法とを示さば其言甘美なり。 三六四 比丘あり、法に住し、法を好み、法を随思し、法を随念すれば、法を退することなし。
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『碧巌録』第六則師開堂説法するに、鞠常侍有り、問を致す、「霊樹の果子熟せりや也た未だしや」。門云く、「什麼の年中にか信を得て道ふ、生なりと」。復た劉王昔賣香の客為りし等の因縁を引く。劉王後に霊樹に諡して知聖禅師と為す。霊樹は生生通を失はず、雲門は凡そ三生王と為る、所以に通を失す。一日劉王詔して師を内に入れて過夏せしむ。共に数人の尊宿、皆内人の問訊を受けて説法す。唯だ師一人のみ言はず、亦た人の親近する無し。一直殿使有り、一偈を書して碧玉殿上に貼して云く、「大智修行始めて是れ禅、禅門は黙に宜しく喧に宜しからず。万般の巧説争でか実に如かん、輸却す雲門の総て言はざるに」。
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『碧巌録』第八十二則雪竇又た人の道理を作さんことを怕れて、却つて云く、「笑ふに堪へたり、路に達道の人に逢ひて、語黙を将て対へず」と。此の事且く是れ見聞覚知にあらず、亦た思量分別に非ず。所以に云く、「的的として兼帯無く、独運何ぞ依頼せん。路に達道の人に逢はば、語黙を将て対へず」と。此れは是れ香巌の頌、雪竇引用するなり。見ずや、僧、趙州に問ふ、「語黙を将て対へずんば、未審、什麼を将てか対へん」。州云く、「漆器を呈す」。這箇便ち適来の話に同じ、爾が情塵意想に落ちず。一に什麼にか似たる。手に白玉の鞭を把つて、驪珠尽く撃砕す。是の故に祖令当に行じ、十方坐断すべし。此れは是れ剣刃上の事なり。須らく是れ恁麼の作略有るべし。若し恁麼ならずんば、総て従上の諸聖に辜負す。這裏に到つては些子の事も無からんことを要す、自ら好処有り、便ち是れ向上の人の行履の処なり。既に撃砕せずんば、必ず瑕纇を増し、便ち漏逗を見る。畢竟是れ作麼生ならば是なることを得ん。国に憲章有り、三千条の罪。五刑の属三千、不孝より大なるは莫し。憲は是れ法、章は是れ条なり。三千条の罪、一時に犯し了れり。何が故ぞ此の如くなる。只だ本分の事を以て人に接せざるが為なり。若し是れ大龍ならば、必ず恁麼ならざらん。
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