留魂録 / 第三条
薩ノ日下部以三次ハ對吏ノ日、當今政治ノ缺失ヲ歷詆シテ、如是ニテハ徃先三五年ノ無事モ保シ難ト云テ、鞠吏ヲ激怒セシメ、乃曰、是ヲ以死罪ヲ得ルト雖トモ悔サルナリト、是吾ノ及サル所ナリ、子遠ノ死ヲ以テ吾ニ責ムルモ、亦此意ナルベシ、唐ノ段秀実、郭曦ニ於テハ彼カ如クノ誠悃、朱泚ニ於テハ彼カ如クノ激烈、然ラハ則英雄自ラ時措ノ宜シキアリ、要内省不疚ニアリ、抑亦人ヲ知リ幾ヲ見ルコトヲ尊フ、吾ノ得失當サニ蓋棺ノ後ヲ待テ議スヘキノミ、
新字:薩ノ日下部以三次ハ対吏ノ日、当今政治ノ欠失ヲ歴詆シテ、如是ニテハ往先三五年ノ無事モ保シ難ト云テ、鞠吏ヲ激怒セシメ、乃曰、是ヲ以死罪ヲ得ルト雖トモ悔サルナリト、是吾ノ及サル所ナリ、子遠ノ死ヲ以テ吾ニ責ムルモ、亦此意ナルベシ、唐ノ段秀実、郭曦ニ於テハ彼カ如クノ誠悃、朱泚ニ於テハ彼カ如クノ激烈、然ラハ則英雄自ラ時措ノ宜シキアリ、要内省不疚ニアリ、抑亦人ヲ知リ幾ヲ見ルコトヲ尊フ、吾ノ得失当サニ蓋棺ノ後ヲ待テ議スヘキノミ、
書き下し
聞く、薩の日下部以三次は対吏の日、当今政治の欠失を歴詆して、「是くの如くにては往先三五年の無事も保ち難し」と云ひて、鞠吏を激怒せしめ、乃ち曰く、「是れを以て死罪を得ると雖も悔いざるなり」と。是れ吾の及ばざる所なり。子遠の死を以て吾に責むるも、亦此の意なるべし。唐の段秀実、郭晞に於ては彼が如くの誠悃、朱泚に於ては彼が如くの激烈、然らば則ち英雄自ら時措の宜しきあり。要は内に省みて疚しからざるにあり。抑々亦人を知り幾を見ることを尊ぶ。吾の得失、当に蓋棺の後を待ちて議すべきのみ。
現代語訳
聞くところでは、薩摩の日下部伊三次は取り調べの日、今の政治の欠点を一つ一つ非難して、「このままでは今後三年五年の無事も保ちがたい」と言い放ち、役人を激怒させたうえで、「これで死罪になっても悔いはない」と言ったという。これは私の及ばないところである。子遠が死をもって私を責めたのも、この心からであろう。唐の段秀実は、郭晞に対してはあのように誠実に諭し、朱泚に対してはあのように激しく打ちかかった。してみれば英雄には、時に応じたふさわしいふるまいがおのずとあるのだ。要は、自分の内を省みてやましいところがないことである。そもそも、人を見抜き、物事の兆しを見ることも大切にされる。私の得失は、棺を閉じた後に論じてもらえばよい。
解説
この章句が説くこと
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